「純粋理性批判」
久しぶりに書いてみます。
悩み事ないことが一番いいことだと思っていたのですが、そんなわけにもいかないみたいです。それは100de名著でカントの「純粋理性批判」を学んで思ったことです。
カントは人間には究極を求める性質と真理を追究する性質があるとして、前者は神の存在なんかを証明しようとし、後者は上手く言えないけれどリンゴは万有引力の法則かなんかで地面に落ちるのだということを言っているのだ思ってます。
究極を求める性質は、答えのないことに答えを求めようとする人間の認識を超えた世界の話だとカントは述べているらしく、これは納得です。私もあの時こうしていれば彼女ができていたのかなとか成功できていたのかなと夢想することがありますが、これは答えのない虚しい考えだと思います。ふられたこと、失敗したことをありのままに認めることほど難しいことはありません。けれど、ありのままに見る能力が私は欲しいです。これはカミュの「ペスト」を読んだ影響でしょうか。
哲学を大学の講義で習ったことがありますか、自然科学に触れる機会が多いと思ったことがあります。哲学は心の問題を扱うのになぜ数学系の話?と文学部で今も公務員試験のために数的処理をわかろうとしてもわかれない自分には数学系の話が嫌で嫌でたまらなかったです。しかし、心の話として人が共通理解できるものと考えたとき、1+1=2のようなものが共通理解できるもので、だから哲学で論じられているのかと納得しました。
カントは人間味溢れる人だったみたいで、難しいことをいいながら道徳的な人間の性質を信じていたそうです。人間らしさが人を惹き付けると最近しみじみ思います。