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小説 俺が父親になった日 序章

 よくここまで育ってくれたものだと、本当にそう思う。

 俺は靴紐を結ぶキラの背中を見つめていた。
 その背中からは不安と期待…いや、それ以上の強い意志が放たれているようだ。
 誰もかも打ち負かすような身勝手な強さではない。むしろそんな奴らや世界へ、敢然と立ち向かおうとする強さがそこにはあった。

 黒革のブーツを履き終わったキラは立ち上がって振り返り、俺を真っ直ぐ見つめた。
 俺は相変わらず、こいつのこの視線が苦手だ。照れて、何も繕えなくなってしまう。
 せめて最後の日だけでも父親らしく振る舞いたい。
 だがこいつには、全てお見通しだった。 

 『もう無理するなって言っただろ』

 口にしなくても黒い瞳はそう語っていた。呆れるように目尻を下げて俯いた。
 俺は立て掛けていた傘のほうへと目を逸らした。作るべき表情を、語るべき言葉を探していた。

 「じゃあ、行こうか」

 俺の口から出たのは、結局これっぽっちだった。
 そんな安っぽい言葉にさえ黙って頷くキラの左側に並んだ俺は、踵を潰したスニーカーを履いてキラの旅立っていく扉を開いた。
 その先からは彼を祝福するかのように、眩し過ぎる光が射しこんできた。

ー つづく ー

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