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小説 俺が父親になった日(第四章)~昨日の敵は今日の友(2)~

 「困るんですよね。保護者がコロコロ変わるなんて、子供にとって…」

 「すみません…」

 おいおい、何で俺は謝っているんだ。無意識に悪いことだと思っているからなのか?

 「いや、あなたが…すみません、お名前まだ聞いていませんでした」

 「中島です」

 「あ、中島さん、ですね…中島さんが悪いと言っているわけではないんです…」

 そういった途端、急に彼はしまったという表情になった。

 「…いや、そう言ってましたね、今朝の私は…申し訳ありませんっ!」

 朝の刺々しい勢いとは全く違う種類の勢いで頭を下げられると、謝られる理由が分かっていても頭の中が色々と混乱してしまう。

 「で、貴羅くんとはどういったご関係で?」

 下げた頭を急にヒュッと俺に目がけて上げるものだから、驚きで思わず首から上だけ後ずさりしてしまった。


 俺の事情以外をあるがままに説明すると、樋口保育士は視線を斜め上に逸らせて納得したような表情になった。

 「……そういうわけだったんですか…そっかぁ…だからなのかぁ…」

 「えっ、『だから』って何が?」

 俺の言葉にすぐ反応し、彼は視線を俺へと再び投げ直した。

 「いや、貴羅くんの様子がですね…」

 「えっ、何か…」

 俺、キラに昨日何かしたっけ?
 昨晩風呂に入ろうとしなくて怒鳴ったのが、やっぱりまずかったのか?
 もしかして今朝のパンを怒ってるのか?
 キラが選んだクリーム入りメロンパンを間違えて俺が食べてしまったことを、やっぱり根に持っていたのか?

 「…お休み前と違って、明るいんですよ。話す声も大きくなって」

 なんだよ、そっちのほうかよ。
 気が抜けた。力んだ肩が急に緩んで、ホッとしたくせに顔をしかめて俺は溜息をついた。

 「分かっていたので。貴羅くんに対するあの夫婦の…思い出すだけで腹が立ちます!」

 えっ?どういうことだ?あいつらの虐待めいたことを知っていたというのか?

 「分かっていたならどうしてもっと…」

 そう呟いた俺は、幼稚園というものに過剰な期待を抱いていたことをすぐ後悔した。

 「家庭内のことに深入りできないんです、幼稚園は…唯一まともに話せる筈の保護者面談にも、あの夫婦は一度も来なかったんです。ようやく連絡を取っても、のらりくらりとかわされて…」

 あいつら、派出所での電話と同じ態度をここでもか。一瞬で怒りが再燃した。だが…

 「保護者っていうのは、恐ろしい力を持っているんです。子供を支配する…何もしないという手段でも…」

 「そ、そうなんですね…」

 俺の意見がもとで、幼稚園の中で保育士から、まさかの居酒屋的本音を聞かされる羽目になるとは。
 そしてその愚痴が、認めたくない過去に俺をあっさり引き戻してしまうとは。

 俺の暴言で目が泳いだあの男と、俺は同類だった。

ー つづく ー


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