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読まなくてよかった元夫の小説が揺るがす過去への清算【映画「ノクターナルアニマルズ」】
トム・フォード監督が手掛けた映画「ノクターナル・アニマルズ」は、2016年に公開された心理スリラー作品で、作家オースティン・ライトの小説『トニー&スーザン』を原作としています。緻密な映像美と感情を揺さぶるストーリーテリングが特徴で、観客に対して複雑な感情と深い考察を促します。本作は、現実とフィクション、過去と現在が交錯するユニークな構造を持ちながら、復讐と後悔、失われた愛をテーマに描かれています。
あらすじ
物語の主人公スーザン(エイミー・アダムス)は、成功した画廊のオーナーとしてロサンゼルスで暮らしていますが、内心では孤独と虚無感に苛まれています。ある日、彼女の元夫エドワード(ジェイク・ギレンホール)から小説の原稿が送られてきます。その小説「ノクターナル・アニマルズ」は彼が執筆したもので、スーザンに献辞が添えられています。スーザンはその物語を読み進めるうちに、自身の過去や現在の人生についての深い後悔を感じ始めます。
ストーリーと話の構成
映画は、3つの異なる時間軸と次元で構成されています。
スーザンの現実
現在のスーザンの生活と、小説を読みながら彼女が抱える感情の変化が描かれています。冷え切った結婚生活や仕事の成功の裏にある空虚さが、彼女の過去と小説を通じて明らかになります。スーザンとエドワードの過去
スーザンとエドワードの結婚生活やその破綻の経緯が回想シーンとして描かれ、現在のスーザンの心理に影響を与えます。エドワードが作家としての夢を追う姿や、スーザンがそれを支えきれなかった苦悩が中心です。小説の世界
小説「ノクターナル・アニマルズ」の内容が映画の中で映像化されます。この物語は、西テキサスを舞台に、主人公トニー(エドワードと同じくジェイク・ギレンホールが演じる)が家族を襲撃される悲劇と、それに続く復讐の物語を描いています。暴力的で過酷な小説の世界は、スーザンとエドワードの過去の関係を象徴するメタファーとして機能します。
これらの構造が巧みに絡み合い、観客に解釈の余地を与えるストーリーテリングが本作の特徴です。
シンプルな話でありながら考察が多い理由
本作が考察を必要とする理由は、以下の要素にあります。
メタファーと象徴性
小説の中の物語は、スーザンとエドワードの関係や、彼女が感じる罪悪感を象徴しています。直接的に説明されることは少なく、観客自身がそれを解釈する必要があります。多層的な語り
現実、過去、小説が並行して進むことで、観客はそれぞれの層のつながりを考察しなければなりません。特に小説内の出来事が現実の何を反映しているのかについて議論の余地があります。感情とテーマの普遍性
愛、裏切り、後悔、復讐といった普遍的なテーマが描かれているため、観客自身の人生経験に照らし合わせて考える余地が生まれます。曖昧な結末
映画のラストシーンでは明確な答えが提示されず、観客の解釈に委ねられています。スーザンが感じた虚無感やエドワードの意図について、様々な議論が展開されています。
レビュー
ネットでは少し評判らしいと聞いて見てみた。確かにシンプルな話の割に考察が捗る仕掛けにしてあるのは上手いなと思った。
ストーリーは現在、過去、そして主人公の元夫が書いた小説世界を紡ぐ三層構造になっている。メインに近い小説の世界もギレンホールとマイケルシャノーンがしっかり見せてくれるのでシンプルなサスペンスにしても飽きない。もう少し捻りがあるのではと最後まで思わせるのも犯人側の演出が優秀である。
考察記事も何個か読んでみたが元夫だったエドワードにおけるスーザンへの復讐譚かどうかよりは、最後はスーザンがこの小説をどう解釈したかを見る話に思う。
小説の主人公トニーは嫁と娘を若者とのトラブルによって失い、後半はそれらの若者を追いかけ復讐をしていく話に終わる。読んでいるスーザンは犯人に自分の過去と重ね、エドワードからの復讐の小説として受け入れる。
最後まで読み終えた彼女はエドワードと再会する食事に誘うが彼は来ない。結局彼女は最後も彼の真意を読み解くことはできなかったということだろう。
後半から復讐を服従的に行っていた小説のトニーはスーザンの優柔不断さを暗に示しているようにも見えるし、トニーの結末がエドワードの現在を示しているようにも思える。
いずれにせよスーザンは彼の真意を解釈することはできず食事の席で待ち続け、それを悟ったのが母と同じ状況になった最後の目だった。
とはいえスーザンも複雑な問題はあるが現在が別に不幸な人生ではなくそれまでの人生でも彼女が自身で選んだ幸せだった。しかし元夫の気持ち悪い執着で「こうではなかったかもしれない人生」を小説によって想起させられてしまっただけの話だったと思う。
そういう意味で勝手に悟らされたスーザンは辛い目にあわされる最後になるが、エドワードを忘れて再び生活を彩る変化のきっかけになってほしいと見るしかない。
物語を観た後に言って元も子もないことをいうと、やはり一度別れた人からのメッセージはそもそも深く見てはいけないし送ってもいけないということ。あるはずのない寄り戻しもわずかに期待した結果、互いにとって開けなくていい呪いになるのがあの小説だった。
まとめ
「ノクターナル・アニマルズ」は、シンプルな復讐劇の形を取りながらも、その背後にある人間の感情や関係性について深く掘り下げた作品です。観客に考察を求める構造と、映像美、俳優たちの緻密な演技が相まって、何度も鑑賞したくなる魅力を持っています。この映画を通じて、あなた自身の感情や人生について改めて考えるきっかけとなるかもしれません。