これからのミュージアムショップを考える
博物館・美術館の展示室を抜けて明るい外の光に目が慣れる頃、その目はかなりの頻度でミュージアムショップに並ぶ商品たちを眺めているだろう。博物館・美術館を訪れた回数はミュージアムショップを訪れた回数とほぼ等しいと言って過言ではない。しかしながら、展示に対して併設するショップの存在はどこか付随的であり、美術館の活動からすると本筋から外れたかのような印象も与える。
この印象は、現在の博物館定義と実際の博物館運営の実態との乖離から生じるものだと筆者は考える。ミュージアムショップは博物館・美術館の付帯施設であるものの、その役割はこれからの博物館活動にとって非常に重要なものになりうるだろう。
現行の博物館定義が定める運営経費の徴収の問題
博物館法第23条は公立博物館の入館料について以下のように規定している。
公立博物館は、入館料その他博物館資料の利用に対する対価を徴収してはならない。但し、博物館の維持運営のためにやむを得ない事情のある場合は、必要な対価を徴収することができる。
また、ICOMは博物館を以下のように定義している。
A museum is a non-profit, permanent institution in the service of society and its development, open to the public, which acquires, conserves, researches, communicates and exhibits the tangible and intangible heritage of humanity and its environment for the purposes of education, study and enjoyment.
博物館とは、社会とその発展に貢献するため、有形、無形の人類の遺産とその環境を、教育や研究、楽しみを目的として収集、保存、調査研究、普及、展示する公衆に開かれた非営利の常設機関である(筆者訳)
いずれも、強調されているのは博物館・美術館は営利を追求してはいけないという点である。
近年、博物館は自主的な経営資金の獲得を強く求められることが多いが、実際には世界的に見ても入館料収入のみでは経営が立ち行かない博物館・美術館は多い。収入全体に占める自己収入割合はルーヴル美術館でも45%、大英博物館でも51%程度だと言われており、国立博物館では約30%ほどにとどまっている。2018年には入場料を任意制としてきたニューヨークのメトロポリタン美術館が大人$25、65歳以上$17、学生$12の入館料を義務化したことが大きなニュースにもなったが、これも来館者全体に占める入館料支払い者の割合が年々減少し、年間700万人以上が訪れるのにも関わらず、来館者1人あたりの平均支払額が$9にまで落ち込んだことに伴って厳しい財政状況を強いられていたことが原因として発表されている。
世界を代表する美術館・博物館ですら運営経費の多くを行政からの支援や、寄付金などで補っている。そんな中、博物館・美術館に併設するミュージアムショップは施設全体の経営を支える重要な存在として、その売上が重視されている。このように、施設の運営を資金面から支えるという役割が重視されがちな近年のミュージアムショップだが、実際には施設の収入源という面に留まらない多様な役割が期待されている。
ミュージアムショップの役割
例えば、今年開館した長谷川町子記念館やリニューアルオープンした京セラ美術館、三菱一号美術館など、近年の博物館・美術館には個性的なカフェスペースが併設されていることが多い。博物館・美術館を訪れる目的はもはや展示室の鑑賞だけには留まらず、カフェを利用するために施設を訪れる利用者も多く、これまでの「利用者=鑑賞者」という構図が徐々にではあるが崩れつつあるといえるだろう。展示室で資料・作品との静謐な対話がなされるとすれば、カフェスペースはそれらをきっかけに人と人がつながる空間としての機能を果たしている。
また、ミュージアムショップでの購買経験は展示室での鑑賞経験を物品として持ち帰る、いわば経験の有形化である。物品購入者は博物館・美術館での経験を有形物として持ち帰り、それらは誰かに共有されうる。もちろん、購入品が博物館・美術館での鑑賞経験に代わるわけではないが、ミュージアムショップにおける経験の有形化によって博物館・美術館での経験は個人の範囲を超えて、間接的に施設利用者以外にも共有されていくことになる。
新しい博物館定義とミュージアムショップ
ここまでに 挙げた、ミュージアムショップを通じた施設利用者の広がりとそこから生まれる新しいコミュニティーの創出や、経験の有形化による博物館経験の間接的伝播といったミュージアムショップの役割は、2019年に国際博物館会議(ICOM)がICOM2019 京都大会で議論した、新しい博物館定義とも関わる重要な役割である。
Museums are democratizing, inclusive and polyphonic spaces for critical dialogue about the pasts and the futures. Acknowledging and addressing the conflicts and challenges of the present, they hold artifacts and specimens in trust for society, safeguard diverse memories for future generations and guarantee equal rights and equal access to heritage for all people.
Museums are not for profit. They are participatory and transparent, and work in active partnership with and for diverse communities to collect, preserve, research, interpret, exhibit, and enhance understandings of the world, aiming to contribute to human dignity and social justice, global equality and planetary wellbeing.
博物館は、過去と未来についての批判的な対話のための、民主化を促し、包摂的で、様々な声に耳を傾ける空間である。博物館は、現在の紛争や課題を認識しそれらに対処しつつ、社会に託された人類が作った物や標本を保管し、未来の世代のために多様な記憶を保護するとともに、すべての人々に遺産に対する平等な権利と平等な利用を保証する。
博物館は、営利を目的としない。博物館は、開かれた公明正大な存在であり、人間の尊厳と社会正義、世界全体の平等と地球全体の幸福に寄与することを目的として、多様な共同体と手を携えて収集、保管、研究、解説、展示の活動ならびに世界についての理解を高めるための活動を行う。(仮訳)
博物館のあり方を見直した新定義案は大会前からさまざまな議論が交わされたが、十分な議論を尽くすため採決は3年後に持ち越されることになった。今回は見送られた博物館定義の変更だが、博物館のこれからの在り方を考える上では大いに参考になるだろう。
新しい定義の冒頭からも分かるように、ICOMは博物館の役割としてコミュニティーの拠点(ハブ)として機能することを強く意識している。新しい博物館は "対話のための" 空間なのだ。これについては、ICOM京都大会の2日目に開催された「ICOM博物館定義の再考」と題したセッションに置いてICOM会長のSuay Aksoy氏が以下のように発言している。
博物館はよりコミュニティーに近付こうとしています。文化のハブ(結節点)としての役割を増やす中で、新しい方法でコレクションを収集し、歴史を振り返り、新しい意味を見出そうとしています。
文化のハブ(結節点)という言葉は、"Museums as Cultural Hubs: The Future of Tradition"として京都大会のテーマにも掲げられている。つまり、ICOMは新しい博物館のあり方として、文化の結節点としてコミュニティーの拠点となることを目指しているのである。
これら、新しい博物館の定義を考える上で、博物館に併設するミュージアムショップはどのような役割をになうことになるのだろうか。おそらく、これまでの“グッズ売り場”とは違った姿になるだろう。