『業界破壊企業』から考える ポストコロナ時代の経営とイノベーション
2020年5月、『業界破壊企業』という新書が発売されました。
その本を手に取り、実際に読んで感じたのは、「これはただの企業事例集ではなく、とても重要な示唆を秘めているぞ…」ということ。
いま、コロナ禍で世の中の様々な価値観や前提が揺らいでいます。だからこそ、これまでに起きている変化やこれから起きる変化を捉え、自らが動いていくために、この本をきっかけに考えてみました。
■『業界破壊企業』とはどんな本なのか?
光文社から発行された、200ページ強の新書です。著者はBBT大学でも教鞭を執る斉藤徹さん。
独自のアイデアやテクノロジーで業界の勢力図を一変させている世界中の新興企業を中心に紹介しており、カタログ的にパラパラと読むこともできます(それ以上に込められていると感じるものについては、後述します)。
目次は以下の通りになっています。
斉藤さんのWebサイトに『業界破壊企業』を2分間でギュッとサマリーした動画がありました。
まずはこちらを見てみると、ざっとイメージが掴めるでしょう。
■業界破壊企業の最新版はこちら
業界破壊企業は毎年アップデートされており、最新版はこちらから見ていただくことができます。
■ユニークな視点:業界破壊企業の「類型」
本書で事例として取り上げられている企業は、アメリカのニュース放送局「CNBC」が毎年発表しているイノベーション企業ランキング「Disrupter 50」2019年版から、さらに独自の切り口で選び出された約20社強。
いずれもランキング発表時点では「未上場」で「設立15年以内(2004年1月以降創業」の企業です。
『業界破壊企業』がユニークなのは、これらの企業を、イノベーションの源泉の違いから3つのタイプに分類して紹介しているところ。
これら3タイプの縦軸に加えて、横軸として「破壊的イノベーションの類型」の視点でも捉えています。
それでは、各タイプ別の業界破壊企業をみてみましょう。
■プラットフォーム型の業界破壊企業
プラットフォーム型の業界破壊企業の特性は「需要と供給を”直接”つなぐビジネスの基盤」であること。
UberやAirbnbなどは、プラットフォーム型による革新の代表例です。少し詳しく見てみましょう。
Uberは「早く、安く、安全に移動したい人」と「車を持っていて、空いた時間に手軽に稼ぎたい人」とを”直接”つなぐプラットフォームであり、従来のタクシーよりも安価な乗車価格を実現した、価格破壊型のイノベーションといえます。
Airbnbは「多様でユニークな家(部屋)に宿泊したい人」と「自分の家(部屋)を宿泊施設として提供し稼ぎたい人」とを”直接”つなぐプラットフォームです。ホテルでは味わえない現地の暮らしを体験できるという、価値創造型のイノベーションといえます。
なおAirbnbはコロナショックによる影響で現地宿泊ができないという状況を鑑み、世界各地のホストが提供するコンテンツに一緒に参加することができる「オンライン体験」に一気に舵を切っています。
ここまで見るとプラットフォーム型ビジネスはおいしいことばかりのように見えますが、一方で以下のような問題を孕みやすく、事業のかじ取りの難しさもあります。
プラットフォーム型ビジネスは、ユーザー数自体がサービスの価値を決める「ネットワーク効果の高い」ものです。そこに「鶏と卵問題」により、ひとたびシェアを獲得するとひとり勝ちになりやすいビジネスです。
ただし、「社会規範の押し出し効果」を意識し、その「場」が健全な規範であり続けるように常にメンテナンスをしておく必要もあります。
■ビジネスモデル型の業界破壊企業
ビジネスモデル型の業界破壊企業の特性は「ビジネスモデルを変えることで、新しい顧客体験を生んでいる」こと。
本書によると、どの部分をどのように変えるかで、ざっと4つのパターンに集約・分類できます。
「新しい顧客体験」の源泉となるビジネスモデルとして、斉藤さんは以下のような例を挙げています。
このあたりは9つのフレームからなる「Business Model Canvas」で有名な『ビジネスモデル・ジェネレーション』を副読本として読んでいくのも良いでしょう。
■テクノロジー型の業界破壊企業
テクノロジー型の業界破壊企業の特性は「他社が真似できないような技術を用いてビジネス上の優位性を発揮し、業界を革新していく」こと。
「ポケモンGO」配信元のNiantic(ナイアンティック)社が引き合いに出されています。Nianticはコア技術としての「AR(拡張現実)」という強みに「3Dの世界地図」、さらにはポケモンという最強の「コンテンツ」を組み合わせた結果、2019年8月には累計10億ダウンロードを超えるメガヒット作となっています。
近年のテクノロジートレンドを知るツールとしてはガートナーの発表する「テクノロジー・ハイプサイクル」が有名です。
ここ数年はAI、ロボット、IoT、ブロックチェーン、セキュリティなどが多くを占めていましたが、近年はバイオテクノロジーやナノテクノロジーなどを使って、環境に配慮した持続的なビジネスを展開する企業が増えています。
さらにそうした企業は、SGDsやESG投資などの動向や、Z世代に代表される環境意識の高い世代の成長とも呼応して、自社プロダクト・サービスを選ぶことが環境にも貢献することをPRし「選択消費」に繋げる傾向が強いです。
こうした動向はコロナショック前からもありましたが、ポストコロナの時代は、人々の価値観が経済偏重から別のところへシフトし、よりそうした傾向が強まっていくでしょう。
■事業を小さく始め、かしこく学ぶために
本書で紹介されている多くの業界破壊企業には、いくつかの共通点があるようです。以下のようなキーワードで考察されています。
1)ミレニアル
斉藤さんが「Disrupter 50」2019年版に登場する創業者・共同者を調べたところ、非常に興味深い発見がありました。
ミレニアル世代最大の特徴は「デジタルネイティブ」であり、さらにこの世代を分解すると以下の2つに分類できます。
このあたりの世代論はとても奥深く、マクロのレンズを通してみることで、その世代におおよそ共通する価値観や行動原理をざっと掴むことができます。
※斉藤さんの運営するWebサイトに、より詳細のことが書かれています。
そして、ミレニアル世代が経営する多くの業界破壊企業は、当然のことながらミレニアル世代の消費行動特性、特に「共感」の獲得を意識したビジネスを展開しているわけです。
日本にいると特に、政治の実権をベビーブーマー世代が握りづけているように感じますが、経済やテクノロジーの主役は静かに、でも確実にミレニアル世代にシフトしつつあります。
2)サステナブル
「持続可能な」「ずっと続けていける」という意味を表すサステナブル。SDGsなどに代表される概念ですが、ミレニアル世代は特にこのキーワードが行動規範として強く刻まれています。
3)リーンスタートアップ
リーンとは「ムダのない」「筋肉質の」という意味であり、スタートアップの世界においては、2008年にアメリカでエリック・リース氏が提唱を始めた新規事業マネジメント手法のことを指します。
書籍『リーン・スタートアップ』では多くのことが語られています(僕も何度も何度も読み返し、そのたびに発見があります)が、その中でも非常に重要なことが本書でも言及されています。
それは、スタートアップにおけるステージ(ライフサイクル)を意識することと、各ステップでの仮説と検証による学びを重視することです。
市場に受け入れられる製品・サービスを生み出すためには、製品が市場と適合している「PMF:Product Market Fit」の達成が必要です。
その前提として、顧客の抱えている課題に対して、解決策がきちんと適合している「PSF:Problem Solution Fit」の達成が必要です。
さらにはその前提として、そもそも顧客が解決を熱望する課題を見つける「CPF:Customer Problem Fit」の達成が必要です。
このあたりは僕自身も新規事業創造のワークショップや講座を運営しているので実感しているところですが、ここ数年で『起業の科学』などを筆頭に非常に多くの書籍が出版され、デザイン思考、ジョブ理論なども取り込みながら新規事業や起業の方法論は体系化されてきました。
そしてその根っこにあるのは、「顧客が欲しがるものを作ること」。もうすこし具体化すると「事業アイデアを生み出したら、とにかくオフィスの外に出て、アーリーアダプターを見つけ、MVP(検証可能な最小限の製品)を作り、仮説を高速で検証し、早く失敗して学び、洗練させていくこと」です。
■ポストコロナ時代の経営とイノベーション
『業界破壊企業』では、多くのディスラプターの事例とその共通項が語られています。
それ自体が非常に大きな価値のあるものですが、本書のハイライトだと個人的に強く感じるのは第6章(「ハッピーイノベーション」で不穏な時代を乗り越える)です。
ここで斉藤さんは「まだお金がほしい?もっと称賛されたい?」と問いかけてきます。お金はとっても大事、地位も名誉も社会経済の発展に大きな役割を果たしてきた。でもそれで僕たちは”本当に”満たされるのだろうか?…というものです。
リーマンショック以降、「リーンスタートアップ」の手法をベースにした新規事業のステップは以下のようなものでした。特に2)~5)が既存の手法とは異なり、スタートアップの成功率は劇的に向上しました。
斉藤さんは、WeWork問題に端を発するスタートアップバブルの崩壊や今まさに起きているコロナショックを経て、新たなイノベーションのステップが生まれると提唱します。それはスケールアップよりも、ワクワクや本質的な幸せを追求するものです。
このあたりは、斉藤さんによるこちらのブログに詳しく書かれています。
僕自身も情報システムの会社に籍を置きつつ、一般社団法人で仕事をし、中小診断士としても個人で仕事をするようなスタイルにここ数年で転換していますが、とても共感することの多い記事でした。
売上は欲しいけれど、それよりも顧客(というか目の前やその向こう側にいる「人」)との関係の質をどうやって高めていくことができるか、そこに徹底的にフォーカスすることで、良い結果を生み、最終的に売り上げにも繋がる。時間はかかるかもしれませんが、あらためていま、そう考えています。
そして本書の結びに「業界破壊型のイノベーション」か「ハッピーイノベーション」かという単純な二元論ではないことを斉藤さんが強調している点が、非常に印象的でした。
ここで書かれていることをどう受け取り、どう動いていくかは、私たちに委ねられています。
ただ、目に見えるツールや暮らしの変化だけではなく、その根底にある価値観や文化がどう変わりつつあるのかは、しっかりと眼差しを向けていく必要がある。時代の変わり目を考えさせられる、様々な示唆の詰まったまさに「新書」だと感じます。
■参考:斉藤徹さんロングインタビュー
著者の斉藤徹さんインタビュー記事がnoteにもありました。書籍に込めた想いなどを伺い知ることができます。全3回。
■参考:プラットフォーム型業界破壊企業の事例
プラットフォーム型の事例として本書中で挙げられている企業は以下の通り。どんな点がユニークなのか、詳細は書籍をご覧ください。
Houzz:住宅のリフォーム・プラットフォーム
Sofi:P2Pレンディングによる学生ローン
Convoy:トラック輸送のマッチング
DoorDash:オンライン宅配(日本におけるUberEats、出前館などに類似)
https://www.doordash.com/en-US
Opendoor:不動産のオンライン買取販売
■参考:ビジネスモデル型業界破壊企業の事例
ビジネスモデル型の事例として本書中で挙げられている企業は以下の通り。どんな点がユニークなのか、詳細は書籍をご覧ください。
Udacity:オンライン教育
Coursera:オンライン教育
Progyny:不妊治療サービス
Peloton:在宅フィットネス
Ellevest:女性向け投資顧問
Thinx:女性用衛生製品の製造・販売
Casper:オンライン寝具の販売
Robbinhood:手数料なしの株式売買サービス
Virta Health:糖尿病のオンライン診察
■参考:テクノロジー型業界破壊企業の事例
テクノロジー型の事例として本書中で挙げられている企業は以下の通り。どんな点がユニークなのか、詳細は書籍をご覧ください。
indigo ag:微生物による農業効率化
LanzaTech:微生物のガス発酵技術
Apeel Sciences:食品コーティング
Phononic:半導体による冷却機器製造
Impossible Foods:植物を使った人工肉製造
Synack:セキュリティ検査
いかがだったでしょうか?
この記事を通して興味を持っていただいた方は、ぜひ『業界破壊企業』を実際に手に取ってお読みいただくことをお勧めします。
また、より実践的に学びを深めてみたいという人は、斉藤さんの運営しているhintゼミを覗いてみてもよいかもしれません。
最後に、Web掲載資料の使用を快諾頂いた斉藤徹さん、記事をまとめるなかで非常に多くの気づきを頂くことができました。あらためて御礼申し上げます。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!