「私、フリートークは苦手なんですよ。」(?)
「私、フリートークは苦手なんですよ。」
先日、髪を切ってもらいながら美容師のKさんにそう言ったら、
Kさんは一瞬固まって、大笑いした。
学生の頃からの私を知っているKさんとは、もう20年以上の付き合いになる。
「今話してるのもフリートークですよね?
苦手なんですか?苦手って何ですか?」
と。
私は、フリートークが苦手だと思っていたし、
今でもそう思っている。
どちらかというと、原稿を読む方が好きだし、得意だ。
むしろ、原稿読む事ならかなり自信があるともいえる。
もちろん、書いてある内容をただ音声化するのではない。
ニュース原稿読むこと、ナレーションをすること。
決まった原稿読む上で、
どのように音声表現すれば伝わりやすくなるのか、
どのように表現すれば誤解なく伝えられるか、
より伝わるか、
を極める事が面白い。
先日、
絵本講座に来られている方が
「花もて語れ」を貸してくれた。
朗読をテーマにした漫画だが、
「そうそう、そうなのよ!」と共感し、納得することばかりだった。
「花もて語れ」の中では、
朗読上達のステップ1〜6を順にマスターしていったり、
朗読譜を作ったりしていたが、
私はそこまでのことはしていない。
そういう方法もあるだろうし、
一般の方に朗読を教えるにはとても良くできたメソッドと考え方だと思った。
地味と思われている朗読の世界を
ここまでわかりやすく魅力的に表現された片山ユキヲさんと東百道さん、
本当に素敵だ!
私は、そこまで綿密なステップを構築したり、
朗読譜をつくったりはしていないが、
そこに表されているステップのすべてを自分のことに置き換えて、
プロとして原稿に向き合ってきたこれまでのことを思い返した。
そうそう、私がやってきたこと、やっていることはこういうことなのだ!と。
そして、やはり、私はフリートークより
原稿を読む方が得意だし、向いていると思ってしまったのだ。
でもそれは、
「原稿を読まない話し方」いわゆるフリートークと
「原稿を読む話し方」を相対的に見たとき
私はフリートークの方が苦手だ、と思ったにすぎないが、
「私はフリートークが苦手なのだ」という解釈になってしまう。
そこで、美容師Kさんとの会話の中で
「私、フリートーク苦手なんですよ。」の発言へとつながっていく。
アナウンサーの仕事の中で、
「原稿を読む」と「自由にしゃべる」を
自分対自分で比べた時に、苦手意識が生まれる。
そして同じアナウンサーの中で、
フリートークが上手い人を見て、
自分対他人で比べた時に、苦手意識が増長される。
どちらにしても、上ばかり見て勝手に苦手と思い込んでいる。
原稿を読むことはストイックに技術向上を訓練できる。
フリートークは、そうはいかない。
フリートークの仕事をするたびに、
「もっとうまく伝えられたんじゃないか」
「もっとこう話せばよかった」
「あの話を先にすればよかった」
「あの話は余分だった」
「あの話を入れたらよかった」
といつも後悔や反省の波が押し寄せる。
だから、苦手だと思っていた。
が、
そうはいっても、アナウンサーなので、
フリートークもできる。
そして、嫌いではない。
むしろ人の思いや考えを引き出す対談やインタビューは大好きだ。
私が初めて持ったレギュラー番組は、NHK-FMの夕方の音楽番組だった。
リスナーからのお便りにこたえてリクエスト曲をかけるという
フリートーク中心のパーソナリティが私の出発点だ。
そうやってよく考え直していくと、
私、フリートークできているじゃないか。
仕事でもたくさんしてきているじゃないか。
でもやっぱり、なぜか苦手意識を完全には消し去ることができない。
対自分であれ、対他人であれ、
上ばっかり見て苦手意識を持つ癖がついているから、
私の首や肩は、いつもガチガチに凝っているのかもしれない。