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凍った涙はやがて花になる|短編小説

    彩澄がその道を通るのは、子供の頃から決まったルーティンみたいなものだった。
決まった道を歩く事、毎日同じ時間に出る事。
それは彩澄には、とても大切で欠かせない事の一つだった。
何か一つでも狂いが生じると、彩澄はとても動揺するからだ。

まだ吐く息は白く、マフラーも手袋も欠かせない朝。
通学電車に間に合う様、少し早目に出た。

    薄茶色の髪が冬の光にきらきらと光っている。
元々色素が薄い為、視界が眩しく感じられて多少の不便はある。

    急ぎ足でいつもの道を歩いていたら、一羽の綺麗な羽をした鳥が地面に落ちていた。
初めは、少し驚きもしかして凍死?と思い、恐る恐る近付きしゃがんで指先でつついてみた。
    反応はなく、身体も冷たい。
どうしよう…彩澄は一瞬途方に暮れた。
けどこのままほっといたら、他の動物の餌食になる。
    彩澄は手袋を外し、掌に乗る程の鳥をもう一度まじまじと観察した。
    その時微かに、何かが掌に響いた。
小さな音。ぼんやりしていたら気づかなかった程の、ほんのささやかな鼓動。

「生きてる、まだ生きてる!」彩澄は興奮気味に口にし、一生懸命掌で温めた。持っていたハンカチで包み一生懸命に身体を擦り続けた。
    その内に目が微かに開き、小さな鳴き声が聞こえた。
この子はまだ大人じゃない。よく見ると、羽は柔らかく、十分な成長を遂げていない。

    イレギュラーな事はとても苦手で、次の手順が狂う事にとても不安や恐怖が強い彩澄だが、この時ばかりは違った。

    元来た道を引き返し、急いで玄関を開けて母親を呼んだ。
「お母さん!小鳥が凍死しそうだったの。早く早く!」
母親はびっくりしながらも、彩澄の手に居る小鳥を見て「あら、大変!」と言って、たまたま家にあったプラスチックの入れ物に、暖かい毛布になる様な物を入れ、餌を買ってきてくれた。

    彩澄はその日は学校には行かずに、ずっと小鳥の世話をしていた。

    夜になると、随分と元気になった。
小さな口を開けて、甘える様に鳴いた。
彩澄は優しく頭を撫でた。

温もりが感じられる小さな体。
まるで彩澄にお礼を言うかの様に、その夜は彩澄の顔の隣で小さな毛布に包まり一緒に眠った。

   次の朝、彩澄が「おはよう」と声を掛けたが小鳥は穏やかな眠りに就いたまま瞳を開く事はなかった。
彩澄は人差し指で頭を撫でた、優しく優しく。

それでも小鳥は静かに目を閉じたまま、冷たくなっていた。

彩澄の目から一粒の雫が落ち、それは小鳥の瞳の部分を濡らした。
次の瞬間、雫は雪の結晶となり小鳥は淡い美しい花に変わった。

大輪の花。
彩澄が触れると微かに揺れた。
それは小鳥が鳴いた時と同じ様に、可憐だった。

    以来その花は彩澄の机に何年もずっと飾られている。

一度も枯れること無く、ずっと可憐な姿のまま彩澄を見守っている。

[end]

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