デジタルとアナログ(時々、思うことNo.24)
時々思うこと シリーズも24回目。
考え事をしているというと、なんかネガティブなイメージ。
考え事を煮詰めず、溜め込まず、アウトプット。
日常生活で私が「なぜ?」「どうして?」と考え感じる出来事を
読者のみなさんにも紹介しようと思い、始めた「時々思うこと」シリーズ。
身近なところに疑問を持つ、情報のアンテナが大きい20代。
今回は、
デジタルはデフォルト、アナログは個性の集大成
ということで書いていきます。
結論から言うと、
デジタルもアナログもいいところもあれば、悪いところもある。
全てが全て、デジタル化すればいいのか?
ペーパーレス、パソコンでの入力を増やし、アナログなことを全て無くしていいのか?
という疑問。
デフォルトという言葉の意味。
きっかけになった、私が過去に投稿したnoteがこちら↓
学校に一人一台タブレットが配布されたことによって、
想像力、創造力がますますなくなっているではないかな?と考えてしまう。
美術のような創作する授業で生徒支援に入ると、
授業で必要な道具の一つにタブレット。
創作の材料として、検索エンジンで「男の子 イラスト」と調べて、
出てきた画像やイラストを紙に写すという作業。
調べた結果、たくさんの選択肢から、自分のイメージに合うイラストを見つける。髪の毛はこんなので、服はこういう風にと空想する、考えることがなくなった。
人間の脳は無意識のうちに「楽」を選ぶ。
そのため、検索エンジンで調べて出てきた画像を写すことで、考える手間も省けて楽に絵を描くことができる。だから、誰もが絵はそれなりに描けるようになる。
オリジナル性がなくなりつつある。
自由制作というより
インターネットの情報、もうすでに出ているアイデアか作る制作。
インターネットでの活動はもうすでにテンプレートがあるため、誰もが操作しやすくなっている。「男の子 イラスト」と調べたら、いらすとやさんの画像が出るように。
アナログなことが年々、減ってきている
アナログなことは時間がかかることが多い。
そのため、効率、生産性を求める現代には相反する。
さらに、時間をかけて何かを作り上げることが減ってきた。
学校で働く私は、美術の授業で見ていてそう感じた。
子どもの集中力の問題もあるが、個人に合った指導というのは難しい。
この子の作品は風景、あの子の作品は文字、その子は食べもの。
個々人に対応するのには相当の労力を使うから。
ペーパーレスを求められる現代において、
アナログなことを無駄なことなのか?
効率を求め、時間をかけずにすること、
長い時間をかけて一つのことを完成させること、
量も質も一気に高めていくことは可能でしょうか?
ますます、ニーズのレベルが高まりつつある現代社会だと肌で感じる。
模造紙にレイアウトを考え、デザインしまとめるより、
パソコンにあるパワーポイントで伝えたいことをまとめる。
もうネタ切れ
昔に比べて、オリジナルキャラクターというものはなくなりつつある。
日本人は
0から1へというモノづくりより、1から2のモノづくりが得意だから。
オリジナルは、A×Bのような掛け合わせが増えてきている。
とある大きな大会のシンボルがまさか!?
個性的すぎて万人には受けづらい国際的なキャラクター
人工知能によって、クリエイターが仕事を奪われるのではないか?というニュースなど
モノづくり、創作するのはもうネタ切れ状態に近い。
最後に
本日も読んでいただいて、ありがとうございます。
アナログなことをすることが少なくなって、えんぴつやペンを持たなくなり、漢字を思い出そうにも忘れてしまう✍ あるあるですね(笑)
今までの知識を総動員させて作ることもあるため、オリジナル性が富んだもの、おもしろいものになる一方で、脳の消費はすごい。
体の疲労に比べて、脳の疲労は3倍近くもあるらしい。
デジタルは誰がやっても同じような結果になるため、統一感を持たせることができる。
「もしも」という空想することがなくなり、現実的に考えてつまらなくなる。
VRやARといった最先端技術に興味がある私ですが、ボードゲームのような戦略性のある遊び、アナログなことも好き。
最近、読者のみなさんは、キャンプや読書のようなアナログなことをしてますか?