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(102) 捌く

ステップを散々練習した。

学生時代にラグビーをやっていた時の話である。私は、このステップが性に合わなかった。右に行くと見せかけて、左にステップを切って抜けるというやり方が、性に合わないのだ。野球のピッチャーだったとしたら変化球は投げない。あれは騙し球だ。性に合わない。いつも直球勝負で生きている。

へそ曲がりで面倒くさい奴なのだ。

とは言いながらも、球を持った途端にタックルされるとなると、相手が巨漢だったりしたら捻挫か酷い打撲が関の山・・・痛い思いなどしたくないから、球が来ない所に逃げ回るか、ステップを切って相手を”捌き”抜けていくしかない。球が来ないだろう所へ逃げ回るのも、漢らしくないからなぁと思うと、仕方なしにステップを上手くするしかなかった。

ラグビーは「紳士のスポーツ」と言われているが、あんな残酷で痛いスポーツはないのだ。痛いから清々しさを感じられない。そんな訳で、ラグビーと注射は二度と嫌なのである。

おかげさまで”捌く”ということがとても上手くなった。考えてもみれば、やって来た野球では球を”捌き”、柔道では襟を取りに来る手を”捌き”、拳法では拳を”捌き”攻撃に転じた。スポーツでは相手を”捌く”ことが命なのだが、人生を生きて行く上で”捌く”ということがあまり重要視されないのが残念である。

「何ひとつ果敢に立ち向かえないのです。現実に降りかかる人・事に対して無力で立ち尽くすしかなくて、やり切れません。圧倒されっぱなしなんです」
「恐いのですか?」
「確かに恐いというのもあるのでしょうが、その時にその実感がある訳ではありません。どうしていいのか?がわからないとでも言いますか、身動きが取れないままと言うのでしょうか?人生で初めてです、こんなのは・・・」

五十一歳、中堅企業の部長という肩書である。
四月、若くして部長に昇進、その重圧からか七月半ばに体調を崩し、「抗不安薬」の処方を受け休暇を取ることも出来ず、出勤が続いている。過呼吸発作で倒れ、救急搬送が二度あったという。不眠もあり、生気が感じられない様子は決してただ事ではなかった。

毎週一回の面接が四ヶ月ほど過ぎた頃、
「何か学生時代にスポーツをなさっていましたか?」
「ずっとバスケット一本です。入社してからもバスケット部があって四十歳まで現役でした」
「僕はバスケはやったことはありませんが、ドリブルしながらステップを切るって事ありますよね。ジョーダンなんかそれが上手かったですね。八村塁さんなんかステップ凄いですよ」
「狭いコートですから、ステップは”必修”です。一瞬の駆け引きによる”捌き”ですから苦労しました。あれって脚・腰・体幹が強くないとスリップして倒れます。先生は何か?」
「僕はラグビーです。ラグビーでもステップを覚えないと痛いタックルに遭いますから、散々練習しましたよ。先程、”捌き”っておっしゃいましたね。相当な達人でないと使わない表現だと思うんですけど、その”捌き”ですよ。若くて努力の結果部長に昇進されました。今回、突然の昇進で”捌く”前に
部長職に就かれたのではないでしょうか?」
「確かに、あっという間のことでしたから、何も決意さえないままでした。”捌く”なんて考えてもみませんでした」
「【部長】というイメージがあった。責任感の強いあなたですから、すべて丸ごと世間並みで、既製品の【部長】のイメージを背負われたのだと思います。そのイメージそのものを”捌く”必要があった。”この私”を活かし、”この私”がなるのだとしたらこんな【部長】だと、イメージを積み上げられたら良いですね」

このただ事ではないケースに対する、私の精一杯の”捌き”の声掛けであった。その場で部長の顔は”笑み”に変化した。私はその場で泣いた。週一回だった面接は、今では隔週にして続いている。学生時代のスポーツの話ばかりである。部長は既に”寛解”なさっている。


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