余裕のない自分を認める
社会に出て早数年、レールから飛び出した人間が一丁前に社会人なんてやっていないけど、人間の観察力だけは得意技だと思っている。
そして、そんな人間観察得意歴のある私が思うのは、社会に余裕のない人が溢れていること。
恐れや不安に取り憑かれながらも、虚勢を張って“頑張っている”のは、見ていても息が苦しくなる。
そんな人間を横目で観察しながらも、私も余裕がないことを認められない時がある。
最近はそんな状態が続いていた。
人の事をジャッジすることが増えたり、
寝る前にスマホを見る時間が多くなったり、不安な気持ちが押し寄せて心が安定しなくなったり。
感謝より謝る回数が増えたり。逆に傲慢になったり。
肌が荒れてきたり、食生活が乱れてきたり。
“余裕がないよ”っていう体や心からのサインって、感性を研ぎ澄ますと意外と至る所にあるんだと思う。
それに気づき、修正していく方法って、自分の中の“通常”を分かっておく事しかないんだと思う。
心も体もリラックスしていて、他人をジャッジしようとしたり貶めようとする気もなく、不安や恐怖に囚われていない状態。外側に向いている意識から、内側に向いている意識。
でもその状態に達するのって、なかなか難しい。
だから、まずは自分の心や体の状態を俯瞰するということから始められたら良いんだと思う。それはひたすら思いを綴るジャーナルかもしれないし、瞑想かもしれないし、はたまた体を動かすことかもしれないし。
やっぱり、自分の事を自分で理解しているって、自分のためにも周りのためにもすごく大切なことなんだと思う。