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シェイクスピアで英語を学ぶ
先日、自宅で書類などを整理していたら、15歳の頃に受けたGCSE(英国義務教育修了時に行う全国統一学力試験)の国語の試験問題を見つけました。
問題は以下の通りです。
Othello refers to himself as ‘one that loved not wisely, but too well.’
In the light of this comment, discuss Shakespeare’s presentation of Othello and Desdemona’s relationship.
(Exam time: 2 hours)
オセロは自身のことを以下のように評します。
「愚かにではあるがあまりにも深く愛した男であった」 ― 第5幕第2場
このコメントを踏まえて、シェイクスピアが描くオセロとデズデモーナの関係について議論してください。
(試験時間:2時間)
時間を手動でたぐり寄せているようなノスタルジックな気持ちに浸ると同時に「よくこんなオープンエンデッドな問題と2時間も向き合えたな」と、学生の頃の自分に真に驚嘆しました。
実のところ、シェイクスピアの悲劇、『オセロ』は完全オリジナルではありません。
イタリア人の劇作家、ジラルディ・チンツィオが手掛けた『百物語』(Gli Hecatommithi)に収録されている物語 “Un Capitano Moro” が原話です。
勿論シェイクスピアは、その原話を単純に英訳・切り貼りしたのではなく、物語を翻案し『オセロ』という劇的なドラマに仕立て直した紛れもない天才です。
プロットは有名で、黒人将軍オセロの旗手、イアーゴの策略によって嫉妬に狂ったオセロが、妻であるデズデモーナを殺害し、最後には自らの命も絶つというものです。
現代でも色褪せない作品の迫力は、著者が画竜点睛を欠くことがないように取り組んだ証です。
イングランド中部のウォリックシャーにある小さな町、ストラトフォード=アポン=エイヴォンに生まれたウィリアム・シェイクスピア。
彼は生涯で38編の戯曲、2編の物語詩、154編のソネット、150作品以上の詩を書いたそうです。
そんな数々の名作を残したシェイクスピアは、イギリスの国語教育において唯一、必修著者として選定されています。
1988年教育改革法によって制定された国家カリキュラムは、「英国らしさ」というアイデンティティの強化に集点を当てた政策です。
イギリス育ちの私もそんなカリキュラムに揉まれてきたわけです。
なんともイギリスらしいポリシーですが、ネオロジズム(新しい語彙を造語すること)に長けた彼がもたらした英語への貢献度を見れば、このような名誉と称賛に十分値するのは言うまでもないでしょう。
驚くことにシェイクスピアは1,700以上もの新造語を英語に導入したと推定されており、英語という言語は彼以前彼以降に分かれると言っても過言ではないでしょう。パッと浮かぶ単語をリストアップしただけでもかなりあります。
“Bedroom”(意味:寝室)『夏の夜の夢』
“Fashionable”(意味:おしゃれ)『トロイラスとクレシダ』
“Lonely”(意味:孤独な、寂しい)『コリオレーナス』
“Gossip”(意味:噂、ゴシップ)『終わりよければ全てよし』
“Gloomy”(意味:薄暗い、重苦しい)『タイタス・アンドロニカス』
“Addiction”(意味:中毒、依存、熱中)『オセロ』
“Generous”(意味:寛大、太っ腹、思いやり)『ジュリアス・シーザー』
彼の影響力は絶大で、言葉づかいという枠を超えます。彼のソネットは、弱強五歩格・押韻・直喩の模範として今でも研究されています。「ソネット 18番」の出だしはあまりにも有名です。
“Shall I compare thee to a summer's day?
Thou art more lovely and more temperate”
「夏の日と、きみを比べてみよう
きみの方がはるかに美しく、やさしい」
しかし、彼のオリジナル性に懐疑的なスタンスをとる人も珍しくはない。
要するに彼が、動詞を形容詞または名詞として使用したり、名詞を動詞にしたり、接尾辞や接頭辞を追加したりして、既存の単語を複合語として再利用したという指摘です。
さらに、既存の言葉を書き留めたのは彼が初めてであったため、造語者として認定されるケースも多々あります。
確かに、彼は無から有を生み出したわけではない。
ところが、我々の人生は様々な影響関係の中で成立している、「0→1」、そんなことができる人は現実に存在しない。
彼の最大の功績は英語を標準化し、その際に「生まれた」言葉や口語表現が400年経った今でも使われていることだと思います。
シェイクスピアが「生んだ」とされるイディオムやフレーズを選別してみました。私のバイアスがかかったセレクションですが、是非レパートリーに加えてみて下さい。
“Wear My Heart on My Sleeve”(意味:自分の感情や考えを素直に、隠さずに表に出す)『オセロ』
Good riddance”(意味:嫌な人がいなくなってせいせいする)『トロイラスとクレシダ』
“In a pickle”(意味:困っている)『アロンソ』
“The world’s your oyster”(意味:この世は自分の意のままになる)『ウィンザーの陽気な女房たち』
“Catch a cold”(意味:風邪をひく)『シンベリン』
“Break the ice”(意味:緊張をほぐす)『じゃじゃ馬ならし』
“Heart of Gold”(意味:とても親切で寛大である)『ヘンリー五世』
“For goodness’ sake”(意味:お願いだから、頼むから)『ヘンリー八世』
“Love Is Blind”(意味:恋は盲目)『ヴェニスの商人』
“Laughing stock”(意味:笑いもの)『ウィンザーの陽気な女房たち』
“Melted into thin air”(意味:どこへともなく消える、跡形もなく消える)『テンペスト』
“All that glitters is not gold”(意味:輝くものすべてが金とは限らない)『ヴェニスの商人』