違いのわかった女
厄介ごとは、大体にして人間関係。
あからさまに利用されてたり、
悪意を感じたりするなら、
問答無用で切ればよろし。
自分を無駄遣いしたらいかん。
なんとなく合わない、
なんだか疲れる、
たまに違和感、
でも悪い人じゃないから友人。
これが、厄介。
よくよく考えたらいつも聞き役
→ それ愚痴のゴミ箱やん
長くつまらないオチのない話を聞かされる
→ え、拷問?
まったく共感できない話が続く
→ 絶望的に価値観が合っとらん。終了。
でも、悪い人じゃないのよ、悪意はないし…
切りにくい、切りにくいのよ…
という周りの人との関わりを断ったら、
毎日が随分と楽になりました。
価値観などみんな違ってみんないい前提で、
様々ユニークなやつも受け入れてきた。
違いが魅力ぐらいに考えてきた。
価値観の違いを楽しんだりもしてきた。
しかし、単純に年をとって疲れたか、
はたまた賢くなったか、
余裕がなくなったんか、できたんか、
「価値観合わない人との付き合いしんどい」
今までは好奇心や体力で補えてたところが、
加齢により領域ざざーっと減少。
傾聴ボランティア、もう無理。
時間も体力も忍耐力も有限です。
量より質を求め出すのは自然の摂理。
カルビ大盛りより、ハラミを少々。
脂が多いと胸焼けしちゃうお年頃。
いらん脂を落として、削いで
そこに残る友人らの居心地のよさよ。
価値観と言う名の下に、
思いやりが双方向であること、
お互い様があること、
「親しき仲こそ礼儀あり」
これが大きな違い、なんですね。
あと、無理せず笑えること。
もう焼肉食べ放題は無理ですわ。
タダでもいりません。
いや、タダより怖いものはなし。
タダはこわいよ、ただただこわいよ。