ピーター・パンを訪ねて――本を片手に、旅をしよう
「ピーター・パン」と聞くと、みなさんはなにを思い描くだろうか?
夜のロンドン上空を飛ぶ子供たち、ネバーランドでの冒険、海賊、インディアン、ビッグベン…。ディズニー映画の印象が強い方も多いのではないかと思う。
しかし、実はその物語の前にもうひとつ、本当の意味でのピーターの始まりの物語が存在していることをご存知だろうか。そしてその物語の舞台が、はるか遠いネバーランドではなく、ロンドンに実在している。大きなハイド・パークに隣接している「ケンジントン公園」である。
このもう一つの物語とは、生後間もない赤ん坊のピーターが、「自分は鳥だ」と思い込んでケンジントン公園へと飛んでいき、公園内の大きな池に浮かぶ小さな孤島、「鳥の島」に不時着するというお話だ。『ピーター・パン』、あるいは『ケンジントン公園のピーター・パン』というタイトルで呼ばれることが多い。
よく知られているピーター・パンの物語とはかなり異なっているが、とても面白いので機会があれば是非読んでみて欲しい。
卒論のテーマでピーター・パンを研究するほどピーターを愛していた私は、大学4年の春休みに卒業旅行でイギリスを訪れた。一番のお目当ては何を隠そう、ケンジントン公園だ。
ただし、単に訪問するだけではない。実は、この本の冒頭の章は、子供目線から見たケンジントン公園の紹介になっている。私は、この物語の中の公園紹介の順番どおりに、忠実に、一つひとつの場所を歩いてみることにしたのだ。
たとえば、この広い通り。この一見なんともない、気持ちの良い大通りも、本のページをめくればたちまち物語の魔法がかかる。
そこから本に書かれている順番通りに、いくつかの場所を巡っていく。今度は、目の前に、まるで川のような大きな池にさしかかった。すかさず本を開く。
この美しい池の説明文を読み、私は初めて池の底にたしかに森があることを確認できた。物語の魔法が加わるだけで、水面に映る樹々が池の底に沈んだ森へと変貌を遂げたのだ。
こんな具合で、私は本を片手に、公園内を黙々と歩き続けた。そしてその先に待っていたのが、私が愛する、あの小さな永遠の少年だったときの感動といったら、言葉に表せない。
結局、私はケンジントン公園を歩き回るのに4時間ほどを費やした。普通の人なら単に「こぢんまりした綺麗な公園」で終わってしまうところも、私は「お気に入りの本」という魔法の手引書を片手に回ったおかげで、滞在時間を何倍も楽しむことができたのだ。
この旅行を経験してから、私は旅先選びをする際は、まずは自分の好きな本をテーマにして探すようになった。国内でいえば司馬遼太郎の『燃えよ剣』×京都旅行、海外でいえばJ.R.R.トールキンの『ホビットの冒険』×ニュージーランド、といった具合だ。
好きな本を片手に、その本に関連した場所を旅する。
そうすると、本の中の描写で想像をすることしかできなかった場所が、現実のものとして目の前に現れる。物語世界と現実世界の境界線が消える。
すかさず本のページを開いてみる。すると、本の登場人物たちの声が、どこからともなく聞こえてくるような気がする。自分自身もその物語の登場人物の一人になったような感覚になれる。
もちろん、本は、読んでいるだけで、自分を全く別の場所へ連れて行ってくれることができる。しかし、その「ここじゃないどこか」が現実の「ここ」とリンクした時の感覚は、格別だ。この不思議な、魔法にかかったような感覚は、実際に体験してみた人でないと分からないだろう。
是非、お気に入りの本を片手に、旅に出てほしい。