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正常と精神医学: 精神的に健康でありつづけるのは普通じゃない?〜海外文献の紹介〜

皆様、こんにちは!

鹿冶梟介(かやほうすけ)です。

この記事を読んでいる方の中には現在精神科で治療を受けている人もいると思います。

そんな治療中の皆様方に是非お聞きしたい。

ご自身のことを「自分は普通じゃない…」と思いでしょうか?

実際、精神疾患を含め”病気”とは"正常ではない状態(=異常: abnormal)"なので、自身が普通(normal)とは違うと思い込むことも頷けます。

しかし、私は声を大にして言いたい!

本当に精神疾患であることは普通ではないのでしょうか?

最近この「精神疾患 = 普通じゃない」という固定観念を覆す大変興味深い研究がデンマークから報告されました。

今回の記事を読めば、皆様の中の”常識(普通)”を覆すこと必至です!
(今回の記事は、いつもより短めです☺️)

【研究紹介】

Lifetime Incidence of Treated Mental Health Disorders and Psychotropic Drug Prescriptions and Associated Socioeconomic Functioning. Kessing LV et al., JAMA Psychiatry, 2023

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37436730/

<目的>

診断・治療を受けている精神疾患の生涯罹患率を調査し、長期的な社会経済的困難との関連を推定する。

<方法>

デンマークの全国人口ベースをもとに1995年から2018年までの人口から150万人のサンプルを無作為抽出した(データは2022年5月~2023年3月に解析)。

データベースからは、(1)入院/外来患者におけるあらゆる精神健康障害の診断、(2)あらゆる向精神薬の処方(病院だけでなく開業医や個人精神科医を含む医師による処方)、(3)最高学歴、雇用、所得、居住形態、配偶者の有無で示される社会経済的機能を調べた。

Aalen-Johansen推定量を用いて、3つのアウトカム指標の絶対リスク(累積罹患率)を全人口および性別により出生から100歳まで算出した。

<結果>

病院受診して診断された精神疾患の累積罹患率は29.0%(95%信頼区間、28.8-29.1)、女性は31.8%(95%信頼区間、31.6-32.0)、男性は26.1%(95%信頼区間、25.9-26.3)であった(図1)。

向精神薬処方も考慮すると、何らかの精神疾患/向精神薬処方の累積発生率は82.6%(95%CI、82.4-82.6)、女性で87.5%(95%CI、87.4-87.7)、男性で76.7%(95%CI、76.5-76.8)であった(図2)。

<結論>

大多数の人(8割以上!)が生涯の間に精神疾患の診断を受けるか向精神薬を処方されており、それがその後の社会経済的困難と関連していることが示された。


【鹿冶の考察】

この論文を読んで皆様はどのように感じましたか?

この論文の肝(キモ)は要するに8割以上の人は100歳までに何らかの精神疾患に罹患するということを示した論文です!

えっ!?8割ってほとんどじゃん!

と思われると思いますが、まぁこの数字は当たり前ですよね?

何故なら人は高齢になれば大抵の人は認知症になりますのでこの結果自体はそれほど驚きはありません。

…しかし、データを詳細に見ると、40歳の段階で4割の人が、60歳の段階では6割の人が精神疾患の既往歴(過去に精神疾患に罹患したという記録)があるのです(図2参照)。

40歳で4割…、この数字を見ると、意外に多いと思いませんか?


<日本のデータとの比較>

今回紹介した文献はデンマークのコーホート研究です。

したがってあくまで「デンマークの国民は100歳までに8割が何らかの精神疾患に罹患する」ということしか言えません。

では、ここで「じゃぁ、日本はどうなのよ?」という疑問が浮かんできますよね?

実は日本でも類似の研究はなされております。

2016年に報告された世界精神保健調査(WHM: World Mental Health)によると日本における精神疾患の生涯有病率は20.3%、すなわち5人に一人が一生のうちに何らかの精神疾患に罹患することがわかっております。

むむっ…、この数字はデンマークのデータである”8割が精神疾患”というデータに比べるととても低い数字ですね?

しかし、日本の調査においては統合失調症、自閉スペクトラム症、認知症、知的障害、パーソナリティ障害は除外しており、特に認知症のデータが反映されていないがために、デンマークのデータよりも少なく見えるのです。


<精神的に健康でありつづけるのは異常?>

以上からわかるように、精神的に病むことは決して”普通ではない"ということではありません(二重否定)!

小生は以前から精神疾患に対する偏見は「精神疾患は自分とは無関係」という一種の正常性バイアスに基づくものと考察しております。

しかし、今回紹介した論文からはむしろ”健康であり続ける"ことの方が稀であり、ある意味異常であることが明らかとなりました。

そこで最後に精神疾患をお持ちの方々に同じ質問をいたします!

それでもなお「自分は普通じゃない…」とお思いでしょうか?


【まとめ】

・デンマークから報告された生涯累積精神疾患罹病率について紹介しました。
・この研究によると、100歳までに8割の方が何らかの精神疾患と診断されるそうです。
・この研究では認知症も含むため当たり前と思われるかもしれませんが、40歳の時点で全人口の4割が何らかの精神障害を患っている可能性があります。
・日本でも同様の調査が2016年に報告されておりますが、認知症や統合失調症を含まないためデンマークの研究結果よりも低い数字となっております。
・精神疾患で悩むあなた、決してマイノリティではありませんよ!だってメンタルの問題はほとんどの人間が経験するものなのです!

【参考文献など】

1.Lifetime Incidence of Treated Mental Health Disorders and Psychotropic Drug Prescriptions and Associated Socioeconomic Functioning. Kessing LV et al., JAMA Psychiatry, 2023

2.Lifetime and 12-month prevalence, severity and unmet need for treatment of common mental disorders in Japan: results from the final dataset of World Mental Health Japan Survey. Ishikawa H et al., Epidemic Psychiatr Sci, 2016


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精神科医・鹿冶梟介(かやほうすけ)
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