台詞はまさに今思いついたかのように、しかし理路整然とわかりやすく
台詞。特殊なコンセプトでない限り、ほとんどのドラマ作品や文章作品など、そこに出てくるキャラクターは台詞を喋る。それはたとえば演劇ならば、役者がそのキャラクターになりきって憶えて、まるでそれが現実で話されているかのように感情を込めて、発せられるものだ。
そうでなくとも文章でも、台詞は「」にくくられて、その中だけは特別な文体や口調、文章ルールが適用され、区別されて表される。
それくらい台詞は、創作物にとって大事なものだ。
台詞といえば、そうやってキャラクターによって発せられていることを前提としたものである。だがそれは、本当にただ発せられているものではなく、キャラクターが発せさせられているものだ。作者によって。
そしてもちろん、台詞とは観客に届けるために作られているものである。けして自然発生的に出てくるものではない。誰も何もしなければキャラクターは喋らないし、求められていない台詞は意味がない。
そういうことを踏まえて発せられる台詞こそ、求められる台詞ということになる。たとえばその台詞は、まさにキャラクターが今話しているかのように発せられ、作者の影を見せない。あるいはその台詞は、1種類の情報だけをわかりやすく伝え、単純でわかりやすい。
全ては求められるためにある。創作だから。その大部分を担うのが台詞だ。そのためには、それは作者の影も、わかりにくさもあってはならない。
もちろんそれは簡単ではない。台詞はまさに今、キャラクターが喋ったかのように、しかし編集されたインタビューのようにわかりやすく整理されていることが望ましい。
それが求めにきちんと応えるということである。
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