仕事とは「する」のではなく
仕事に対してどのように向き合えばいいのだろうと考えることは、同時に、その仕事のお客に対してどのような態度であればいいのかと考えることである。つまり必然的に、仕事とは客商売のことで、仕事とは仕事人(作業者)のことではない。
もちろん、仕事とは作業者がいなければ行われず、その存在こそが仕事の本質だと思えることも事実だ。仕事とは「する」ものであって、「される」ものであると認識している人間は少ない。大抵の人間は作業者だから、それは他人を第一ではなく、自分を第一に考えることになる。
けれど、仕事というもの考えればそうするほど、それは誰かのことを考えることになる。そしてその誰かに対して、仕事とはどこにあって何をすべきで、そして作業者とはどんな存在で何をしてはならないのか、ということを考え始めることになる。
なぜなら、仕事は個人で完結する出来事ではないからだ。それは関係性だ。もし個人で完結するのなら、仕事は仕事ではなく作業である。そうではなく仕事と称するのなら、それは他者を含むすべてのことを考えねばならない。
そのために、仕事に向き合うことは、自分というよりは他者と向きあうことになる。それは、ただ他者をありのままに理解するのではなく、その仕事と、作業者とのそれぞれの関係性への理解だ。そして適切な関係性への改修や改善である。それを実行できてこそ、仕事と向き合うということになる。
それをするには様々な準備や、情報集めがいる。それらを前提として、その仕事やお客や、自分自身を定義できる。それによって関係性が明確になるとき、その仕事は向き合ってもらえたことになるだろう。
仕事は、少なくともいつか向き合うことになるものである。どのようなスタンスであったとしても、それはまずは、お客との関係性だ。だから仕事が理解できないとき、それはお客との距離をはかりかねているとか、そういうことに要因がある。
仕事と向き合わねばならない場合に私達は、まずはそれが「する」ものというよりは「される」ものであることを心得ておくといい。
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