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読書会『骨の肉』レポート

半実録Bゼミ読書会リポート:栗原良子

Bゼミは、詩人正津勉主宰で、およそ30年間、月1度継続している自由参加の読書会です。
当初は高田馬場界隈で会場を借りて実施されていましたが、2020年コロナ期より、毎月最終金曜日の夜に、リモートで実施。正津勉の博識体験と自由な指導により様々な作品から、時代や民俗の読解、参加者の率直な感想が聴ける貴重な機会になっています。

半実録第4回

課題 河野多恵子『骨の肉』
2024年7月26日(金)18:30~20:30
*源氏名・性別・年齢は、筆者判断による適当表示、発言はメモから起こした概要であることをご了承ください。

【河野多恵子 テキストに合わせた部分を中心にした概要年譜】
大正5年(1926年)大阪府道頓堀に生まれる。兄2、姉1の4女。家業は食品問屋。
昭和14年(1939年)大阪、港高校入学。谷崎潤一郎、泉鏡花などの文学を知る。
昭和19年 18才、大阪女子大学入学。ブロンテを知る。戦時中は工場勤務もした。
昭和23年 22才で書き始める。
昭和27年 26才、出京(品川区小山)。文学同人となり作品を発表するようになる。
昭和32年 31才、肺結核発病。以後たびたび疾患入院。
昭和38年 37才、『蟹』で芥川賞。洋画家ヘンリー市川と結婚。
昭和44年 43才『骨の肉』発表。以後多数の作品を執筆し、女流文学賞、川端康成賞、谷崎潤一郎賞など多数の受賞、文化勲章受章、芸術院会員。
平成27年(2015年)1月29日死去、89才。


正津勉
 女性作家の中でも好きな河野多恵子さんのこの小説は、魅了される不思議な作品。
うまく捨てられた女性が主人公で、逃げて行った男が遺していった荷物が迫ってくる。それがいい感じ。ハブラシ、剃刀の刃、煙草と灰皿…ガラスケースに入っているような幻視はブロイラーと同じ。
食べるシーンが微細に、いっぱい出てくる。冒頭、パンを買いに行くと、ローストチキンが回っている。チキンはホルモン注射を使っているとか男に言われて次に牡蛎を買い、二人で食べるわけだが、男は肉を食べ、女は残りをすする。大阪の人は広島の牡蛎をよく食べるらしい。このシーンにも感心した。20年くらい前にも読んだが、改めてこの作品を提案してみました。

ドラミ♀(69)冒頭、一緒に暮らしていた人がいなくなった時の喪失感が、リアルです。傘二本がぽんとおかれていたり、体験の感覚がつたわってくる。「もうあなたなどにいてもらわなくてもいい」と言ったのに、後悔して苦しんでいる感覚がある。
牡蛎をたべるシーンは男が「食べてもいいんだよ」とか「お前なんかはそれで沢山」と言って、男が遺した貝柱や内臓をすする女は、嗜虐的で恍惚としている。
最後の場面はいったいに現実なのか夢なのか、ドアを叩かれて「焼却炉を使ったのはお宅でしょう」と怒鳴られることにも快感を感じているような描写で、キモチ悪くて面白かった。

インカ♂(73)作品が書かれた昭和44年はまだ冷凍技術も発達していないから、生牡蠣を食べるのはむずかしい。牡蛎産地の親戚のところでも、生牡蠣は食べない。カキフライでしたねえ。
作中の男女は借家住まいで、家庭とはいえない関係。「君は別れるのに手間がかからない」と言って出て行ってしまう男。「骨の肉」は男が遺していった荷物で、それを女が大事に守っている気がした。

ジョイ♀(75)日常を綿密に書いているようで、幻想が出てきてごちゃごちゃになる。やたらに詳しい反面、荒い部分もある。贅沢な食生活をしているカップル、と感じたが、わからなかった、が、本音です。女主人公が独立した人、それが面白味。別の作品「最後の時」をおもしろく読みました。

カマチ♂(69)体調が悪かったせいか、読むのが苦痛でした。食べるシーンの反復。それにつきあうのが苦痛。なぜ固執して書くのかがわからない、つらい、苦しい小説でした。先生がほめる理由もわからない。最後子どもたちが出てきてやっと現実感がありました。男性の発言も威圧的で、そのような時代だったのかとも思いますが、辛い読書でした。

正津勉 自分は二十代の初めに読んだが、当時評判になった被虐、マゾ的表現がよかった。女性の被虐表現、作家は少ないが、河野多恵子さんは同じ嗜好をもった谷崎潤一郎の評論にもすぐれたものが残っています。

ジン♂(45)散文詩のように感じました。おもしろかったです。
タバコの焦げの描写が印象に残っている。他に読んだ『最後の時』は、死ぬことを書いているのに、当事者夫婦の会話がのんびりしていたことが、印象に残っています。

バード♀(50)みなさんはどんなふうに読むのかと思いながら読みました。
自分の家では、親がいつも残りを食べていたとか、残骸や荷物はすぐに捨ててしまうと思うが、この作品はちがう。牡蛎の場面は執拗で、ややこしい言い方が気になった。二重否定や意味がわからないところがありました。

正津勉 それはすべて意図的です。そういう作家です。晩年まで。不思議な作家です。

ズシウミ♀(70)『骨の肉』は36枚の短編なのに、ジュクジュク描写で、言葉がぎっしり詰まっていて、長く感じる。描写もすごいけれど、ここに書かれた男女の関係がダメ。食は私の予想外。物が捨てられないと書くのが凄い。つまり私と真逆な女性の小説。
河野多恵子は私の母と同じ年齢。この小説を書いた43歳は、女性として油がのってきたところ、老いていくあぶなっかしいところで書いているのではないか。綿密な取材をして書いたそうだが、怖ろしさもある。

カタギ♂(58)初めは冗長に感じたが、これからローストチキンや牡蛎を食べるときには思い出すだろう。骨食い殻食のモチーフが興味深い。性的な感じ。いろいろなところに仕掛けがあって、味わい深い短編だと思います。

セント♀(55)何か所か、イラっとしました。男が上から目線で女に話しかけて、女も気持ちよくなっているのかなと思った。手に取るように描写がわかる。こういうカップルっているなと感じた。
最後は夢でしょうか、ブツンと切れている印象。別に読んだ『胸騒ぎ』は読みやすかったです。

正津勉 60年代にはこんなカップルがいたのではないかな。食と性がないまぜになったものとして読んだ。性描写はないのに、そこが凄い。一つの家に住んでいると残る、食と性にまつわるものが介在している。

アタマ♂(69)食物を通しての恋人、夫婦は悲しい感じ。生牡蠣は外国の人が美味しそうにたべますね

カタギ♂(58)外国にはオイスターバーが多くて生食しているけれど、日本は少ない感じがしますね

カマチ♂(69)自分は学生時代に、用心して煮て食べたのにそれでも当たって、苦しんだことがある

正津勉 作者は意図的に牡蛎にしている。毒性はあっても、フグ毒では成立しない。うまいと思います。

リポーターまとめ
本来は隠されているアパートの一室の男女の生態を覗いてしまったような薄気味悪さが残るから凄い。オモシロい。隠された内側、隠された時間、こんなカップルがいるかもしれない薄気味悪さを知ることの快感、というのだろうか。稀有な視点を持った作品だと思う。散文詩のように読み返した。あ、この文のモードがすでに乗り移ったようで、ぞっとする快感である。耐えられないメンバーも数人いたくらい特異な作品なので、読書家には一読をおすすめします。


正津勉
 それでは。次回のテキストは、
岡本かの子『鮨』。

*次回Bゼミ読書会は
2024年8月30日(金)18時30分より(案内をご覧ください)

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