読書会『雀の手帖』レポート
半実録Bゼミ読書会リポート:栗原良子
Bゼミは、詩人正津勉主宰で、およそ30年間、月一度継続している自由参加の読書会です。
当初は高田馬場界隈で会場を借りて実施されていましたが、2020年コロナ期より、毎月最終金曜日の夜に、リモートで実施。様々な文学作品から、時代や民俗の読解、参加者の率直な感想が聴ける貴重な機会になっています。
半実録第7回
課題 幸田文『雀の手帖』
2024年10月25日(金)6:30~8:30
作者概説(「新訂国語概説」京都書房)より
幸田文(こうだ・あや)
女子学院卒。幸田露伴の次女として育ち、厳しい躾を受けた。嫁いで娘の玉(たま)を産むが離婚。生家に戻って晩年の露伴の世話をした。露伴の死後、『終焉』、『葬送の記』などの回想記で文壇に登場。『父―その死―』、『こんなこと』などの随筆の後、小説に転じて『流れる』、『黒い裾』を発表した。他に歯切れのよい、しなやかな文体の小説『おとうと』がある。晩年は随筆に戻り、没後に『木』、『崩れ』が刊行された。
【当日の記録】参加者10
※源氏名・性別・年齢は、筆者判断による適当表示、発言はメモから起こした概要であることをご了承ください。
正津勉 推薦者のカマチさん、説明をしてください。
カマチ♂(96) 女性作家をやるというのでたまたま読んでいただけです。短い随筆100編なので読みやすいし、みなさんそれぞれどの文がよかったかを話してください。
幸田文は明治37年生まれで、1990年(平成2年)まで生きていた。父露伴の死後作家活動を始めて、評判になり、80代まで書き続けて、1990年10月31日、石岡の老人ホーム隣接の病院で亡くなりました。
この『雀の手帖』は昭和34年に発行されたものですが、文さんの考えが良く出ています。今もよく読まれていますが、自分はおもしろいものもあれば、正直たいくつな章もありました。ひと昔前の時代の女の人の生き方、美徳を、丹念に拾い上げているのが価値だと思います。
正津勉 自分は少ししか読んでいないが、晩年の『崩れ』は名作なので、ぜひ読んでください。国木田独歩の『武蔵野』には西洋的な自然のとらえ方が現れているが、『崩れ』には、日本が崩壊値にあるという指摘が出ている。
(雀の手帖の中の)「川の家具」、流される様子、怖くて面白い。天災の様子は『崩れ』につながる。「山への恐れ」
これも崩れ。浅間山に下駄で登る話に、やっぱり昔は下駄で登った人がいたんだ、とわかり貴重な叙述に、びっくりしました。
インカ♂(73) 100編全部読んだが、正直疲れた。幸田文を読んだのは初めてです。中ごろに入っておもしろくなってきた。書きやすい、読みやすい長さかもしれず、3枚だから100編読めたのかもしれません。これまで才気ばしった女性の文章を読んできましたが、幸田文の文は、さっぱりした昆布とかつお節の文に思えた。「春の雨」は参考になった。最期の一行がうまい。
ジョイ♀(75) 父親に関するもの、着物に関する文章をこれまで読んできたが、それだけではない作家だった。題名から予想の付かない展開をしていくのが見事。「川の家具」、税金の話、美智子さんの4章、昭和天皇のあたり、これを書いたころは心配なくかけたのかな、と。スチュワーデス殺人事件の現場も、家の近くで、当時話題になりました。
カタギ♂(58) この随筆集は、100編その場で思いついたのではなく、ネタ帳を持って書き溜めて、ふくらませて書いたのでは? 仕込んであるなとシビアに感じた。露伴の娘だから、豊かな時期も、上も下も、両方の世界を知っている。全部消化されていたという印象があります。役所広司が受賞して話題になった映画『パーフェクトデイズ』の中で、主人公が『木』という作品を読んでいました。「掃く」も掃除の話、「手」「顔」もいい。中にはたいくつなものもあるが、どこか読ませる。取材もよくしているし、その取材の間にもよく見つけている。
デン♂(75) 露伴の娘であるのは知っていたが、幸田文の文を読んだのは初めてです。主婦の視点で、感性が鋭い。「鳥の絵」は絵をよみとる鋭さを感じた。「掃く」の最後の一行が心に留まった。掃除をする人が、自分の意義を感じて、雑念が振り払われた。「故郷のことば」など職人によってちがう言葉が記録されていておもしろかった。
バード♀(50) 年配の方にしては文章が読みやすくて、びっくりしました。「川の家具」がおもしろかったです。
ジン♂(45) 随筆はむずかしい印象がありましたが、この作品はとんちがきいていて面白い文章、作品でした。「掃く」、「嫉妬」、「鳥の絵」が好きです。自分も、展覧会で絵を見ていない人を見ているから、リアルに感じておもしろかった。
アタマ♂(68) いろいろな着眼点があっておもしろかった。「柿若葉」は音を敏感に感じて種類を描写している。「次女」も立場をことばにしているし、職人コトバなど取材して、学者の視点のよう。江戸時代が残っている感じもよかった。
ドラミ♀(69) 高校生の時に幸田文作品が好きで、『父・こんなこと』の禅問答のような露伴のようす、指導を何度も読みました。『流れる』、『おとうと』もおもしろく、小説といわれているが、ドキュメンタリーだと思います。この随筆集は初めて読みました。「入試」、「掃く」、「表情」、「美智子さん」と表記する一連の文章は、よくこのように自然体で書き表しているとびっくりしたし、「馬」は幸田文の行動力の現れ。箱や紐のエッセイは最近でもよく引用されているように思います。
インカ 江戸っ子という話が出てきたが、ここに出ている言葉は東京方言でしょうか?
カマチ 文庫の後ろに書いてある出久根達郎さんの解説に、江戸方言+近所の言い回しがあって、なんとなく伝わり、理解できる江戸弁とあります。
正津勉 「ひ」と「し」が使えない浅草あたりではsheとheは言い分けられないという冗談もありますが。
カマチ 「心がほっかりする」とありますが「徹子の部屋」で渥美清が「ほっかり」と言っていましたよ。
ジョイ 最近観光客や外国の人が増えて『やさしい日本語』をすすめようと話題になっていましたが、単純に簡単にしてしまう理由はいただけないと感じています。
リポーターコメント
幸田文を読んだのは初めて、という人が多かったことに驚いた。考えてみれば、そのような作家かもしれない。純文学の作家というより小説とされる作品も、ドキュメントのように現実的な内容であったから。自分は切れの良いこの文体が好きで、高校生の頃によく読んだ。幸田文さんはまだ存命で、しゃきっとした着物姿をテレビで拝見もした。露伴が死ぬときに「じゃ、おれはもう死んじゃうよ」と言ったという父との肝の据わった禅問答のようなやりとり、家事の教えの世界は今も残っている。
『雀の手帖』は65年前に新聞連載されたエッセイで、現在再販されて書店に平積みになっていることには驚いた。同じ随筆集であるが、もし機会があれば75年前に発表された『父・こんなこと』をおすすめしたい。率直な文体に読後心が晴れる。自分も再読したいと思っている。(栗原記)
*次回の読書会は
2024年11月29日(金)18時30分より
テキスト:近藤富枝著『田端文士村』
(案内をご覧ください)