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「ありがとう」「ごめんね」を交わすだけでうれしい

 レストランや喫茶店に入って、会計時に「こちそうさまでした」って、いつから言えるようになったっけ。
 私が言えるようになったのは、社会人になってからだったんじゃないかな。若い時は何となく、自分がそんなこと言える立場じゃないんだとか思いこんで恥ずかしかったような記憶がある。

 息子が大学生になって間もない頃に「ぼく、食べ終わってごちそうさまでしたって店の人に言えるようになったんだ」と教えてくれて。自分の当時を振り返ってみたけど……。いやあ大学生の頃はまだ言えなかったなあ。

 息子が小学生の頃。
 息子ができないことを挙げては、お母さんが至らないのだとダメ出しをする先生が、唯一褒めてくれたことをずっと忘れずにいる。

 かわせみさんとこの息子くんは、「ありがとう」を欠かさずしっかり伝える。

 その言葉を何度頭の中でくり返してきただろう。今もそれにすがりたいくらいに、そこだけは「よくがんばったね私」と言える育児らしきものじゃないかと思う。

 以前も書いたように、私たちは親業をやらなくちゃいけないからがんばっているだけで、友達と話している時は友達である自分。親と話している時は子供の自分。夫婦で話している時は家族で夫婦な自分。仕事をしている時はもっと細かに役割が人それぞれにある。
 親として生まれたわけでもなければ、親として育ったわけでもないただの自分。
 だから子供と接していて「これが正解」なんて自信満々に親の立場にいるわけでもなく、子供と接している時でさえ、ただの自分であることの方が多い。

 ただ「こうなってほしい」願望はどうしてもある。期待は子供の重荷にしかならないし、恥ずかしいことは親が恥ずかしいだけなのだから我慢するにしても。
 例えば、人を故意に傷つけないでほしいとか、危ないことには気をつけてほしいとか。それは人として当たり前なことだけど、そんな中で、「できるだけ感情を言葉で表現できるようになってほしい」思いが強くあった。


 私自身が帰国子女で、親がなかなか感情を言葉で表現しないことに心細さを持ち続けていたからかもしれない。日本人同士でも言葉にする関係にあこがれがあったのだろうか。夫が言葉で表現できることに、強い安心感がある。
 息子にもと思ったのだけど。

 息子には発達の特性上、かんしゃくが強烈だったために余計、少しでも自分の感情を言葉で表現できるようになったら良いのではとも考えていた。
 その中に「ありがとう」と「ごめんね」もある。
 気持ちを伝える時に、たとえ照れが邪魔しても言えるようになってほしかった。それは、言わせようとうながしてきたわけじゃなくて。
 言えるようになってほしいから、私が積極的に言うようにした。
 「ほらこういう時は…」「なんていうの?」と背中を押す親御さんもおられるけど、私はしなかった。
 そんな私のやり方が正解かどうかなんてわからないよ。だから人には押し付けられない。背中を押した方が良い子もいるだろうしさ。子育ては人それぞれ。親も子供もそれぞれ。

 息子が小さいうちは、息子が言うべきシチュエーションでもうながさず、息子のすぐ横でとにかくはっきり言うようにした。私は地声が低くて小さくてよく聞き取ってもらえないから、努めて少し大きめの声で「ありがとうね」「ありがとうございます」と言い続けた。

 そしてかんしゃくを起こして大泣きした息子と言い合いになった後や、理不尽なことで大号泣する息子に怒ってしまった後。必ずではないけどほぼ毎回、つまり息子の場合はほぼ毎日、どうしてほしいか、どうしたら良いかをゆっくり話し合った。
 大泣きした後は涙をいっぱいためた目で、真剣に私を見つめながらいつも話し合ってくれた。息子の言い分を反論したりせずとにかく一通り聞く。全部言い切ったとわかるとこちらの言い分も話す。そして「でも母さんの言い方が息子クンを傷つけてしまったよね。ごめんね」と手を広げると、ギュッと抱きついてきて「仲直り」と言ってきた。
 今も息子とちょっとした言い合いになったり、息子の考えに想像が及ばなくて私が無神経な言いかたをしてしまったりする。さすがに息子の年齢になると、年に一回もあるかないかだけど。そんな後に謝ると、息子は「仲直り」と言ってギュッとする。

 息子が心の内のすべてを表現しているわけじゃないとわかっているけれど、感情を説明する時は素直だと思う。

 だから「ぼく、食べ終わってごちそうさまでしたって店の人に言えるようになったんだ」と教えてくれた時に、大学生の頃の私を超えてくれたんだなあと感慨深くなった。

 息子が家にいる時にしみじみ嬉しいのは「ありがとうね」とこまめに言ってくれること。
 そして「ありがとうね」と私が言うと「どういたしまして」と、たいていは返してくれる。
 どうして「どういたしまして」なんて習慣づいたの? と聞くと「お母さんがそう言ってたから。いつの間にか」と言う。

 もう、もう、子供との接し方でいろいろ後悔していることも反省していることも、山のようにある。
 私ったらあんな風な受け答えしちゃって、ひどかった。あんなことしなきゃ良かった。息子に申し訳ないことだらけだ。あの時期に戻って私の全部をやり直したい。
 わかっているつもりでわかってなかった。心理学だとか勉強してみたってわかってないことだらけだった。
 全然ダメダメな親でごめんねってしょっちゅう思っているから。

 息子とのちょっとしたやりとりで、私も少しはがんばってきたのかなって思える。



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かわせみ かせみ
読んでいただいて、ありがとうございます! 心に残る記事をまた書きたいです。

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