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【書評】神仏など存在しない人間の世界~『じんかん』(今村翔吾)

これまた直木賞候補に挙げられた作品です。重厚ですがとても読みやすい、新しいタイプの時代小説だと思いました。夢中で読みました。今村翔吾さんの『じんかん』

※書評一覧の目次はこちら

1、内容・あらすじ

戦国時代、いわゆる「三悪」を行ったとして、歴史上悪名高い松永久秀。その三悪とは、「主君殺し」「将軍殺し」「東大寺焼き討ち」の3つ。

織田信長に仕えていたこの松永久秀は、信長に対して謀反を起こします。しかもこれは二度目の謀反でした。

小姓の狩野又九郎は、この知らせを恐る恐る信長のもとに届けます。激情家で知られる信長のこと、激昂してもしかしたら自分もとばっちりを食うのではないか……。

しかし意外なことに、信長はこの知らせを聞いて、怒るどころか笑みさえ浮かべました。不思議がる又九郎に対して、信長はかつて久秀から直接聞いたという、彼の壮絶な半生を語り始めます。

それは、世間で「悪人」として知られている松永久秀とは全く違う、夢と理想を追い求める姿でした。

狩野又九郎は松永久秀に大いに共感し、信長の密命を受けて久秀を救うべく、彼の元へと向かいます──。

2、私の感想

大いに読む価値がある本です。まず、非常に読みやすいことに驚きました。500ページを超す大作ですが、一気に読めてしまいます。同じ直木賞候補作の『雲を紡ぐ』よりもかかった時間は短いと思います。

織田信長が、小姓に対して松永久秀の半生を語る、という形式で物語は進みます。過去と現在を行き来し、最後は現在に戻ります。

私は、松永久秀に対してはほとんど何も知りませんでしたが、この小説を読んで俄然興味が湧いてきました。松永久秀について、自分でも調べてみようと思いました。それくらいに興味深く、夢中になれる内容です。

この小説のテーマは一貫していて、それは「神仏などいない。もしいるのなら、どうして理不尽に死んでいく人を救わないのだ」というもの。

松永久秀は、自身の壮絶な生い立ちからそう確信するにいたり、人間界(=じんかん)に理想郷を実現するために行動します。

これはきっと現代人も大いに共感できるのではないでしょうか。

「この世は理不尽に満ち溢れている。何のために生まれてきたのか。生まれてきた意味はどこにあるのか。なぜ死ななければならなかったのか。」というこのテーマはとても普遍的です。時代物であって時代物ではない、というところに惹きつけられます。

後半、松永久秀が愛する人を亡くし、行きどころのない怒りを神仏にぶつけるシーンがあります。「悪人ならいくらでもいるのに、なぜ善良な人が死ななければならないのだ」という憤りに大いに共感し、泣いてしまいました。これは名シーンです。

それにしても、まさか同じ直木賞候補作の中で「多聞」が共通して出てくるとは……。不思議な偶然だなあ、と思いました。

3、こんな人にオススメ

・時代物をあまり読まない人
こういう人にこそぜひオススメしたい本です。歴史的知識がなくても大いに楽しめます。

・時代物が好きな人
もちろん、松永久秀や織田信長について知っている人なら、もっと楽しめることでしょう。

・「この世は理不尽だ」と思う人
主人公、松永久秀に激しく共感できると思います。

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