『街とその不確かな壁』村上春樹著:読書感想
読み始めてすぐに、村上春樹も過去の栄光にすがるようになったか、と落胆と切なさの入り混じった気持ちになった。
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は、彼の書いた作品ランキングが開催されると、常に上位三位以内には入っていた。
その『世界の終り~』をほとんど書き写しただけに思えた序盤は、ただの焼き直しに思えてしまったのだ。
「門番」を「門衛」に、影の性格がややぶっきら棒になったくらいの違いがあるだけで、あとはほぼそのままだった。
ただ、それは第一部を読み終えるまで。
主人公の少年とその恋人である少女とのもどかしい恋の様相と、「世界の終り」の生活とが交互に描かれるその第一部を終えると、舞台はいきなり大きく転換する。
第二部の舞台は福島のZ**町で、主人公の中年男性はそこの図書館長を務めることになる。
風変わりな前図書館長から仕事を引継ぎを受け、男性が町に馴染んでいく静かな生活は、「世界の終り」での生活に引けを取らないほど穏やかに過ぎていくかに思えた。
けれど、登場からして奇妙だったその図書館長の秘密が明らかになってゆき、同時にビートルズがサウンドトラックを引き受けたアニメ映画『イエロー・サブマリン』のTシャツを着た不思議な少年との関りから波乱が広がっていく。
毎週休日にお墓参りの帰りに寄っていた喫茶店の女主人と仲良くなり、けれどある事情から深い関りにはならないその関係性は「世界の終り」の中の少女との仲に幾分似ているところがある。
ただただ穏やかな関係のままで時が過ぎていく。
村上春樹といえば、性的描写を多用する面もあるので、それがない本作は結構読み易く感じた。
意図して抑えたという面はある。「世界の終り」の静謐性を現実で再構築しようとしたらどうなるか、それを試したようにも思える。
第三部からまた舞台は変わり、世界の終りの物語は急速に収束していく。
読み終えた後に、胸の中にいくつか沸き起こった疑問と解釈とが消化しきれないままに今もなおある。
あとがきで村上春樹は、中短篇「街と、その不確かな壁」の一つの対応が『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』であり、それとは別の対応が本作だと語る。
名作『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』の姉妹編だということが作者本人から語られるわけだけれど、読後感はかなり異なる。
ただ、「世界の終り」の世界観が好きな人はいずれも楽しめると思うのでお勧めはできる。