【短編】ある晴れた日の午後1
「あれは、雪女の足跡だよ」
思い出しうる最古の記憶は、父の胸に抱かれて、遠くの山肌に残るそれを見つめる記憶だった。
父のその言葉は、当時の私を震え上がらせる程、恐ろしく、抱き抱えられた胸の所を何度も掴もうとした。
父は少し笑って、顔を擦り合わせて大丈夫、と言うけれど、その頬は冷たく、少し剃り残した髭がぱちぱちと当たって逃げるように顔をうずめた。
新幹線のホームのガラス窓から眺める向こうの景色は、すっかり夕暮れの気配があるのに、数日前に積もったであろう雪は青白く、点々としみの様なものが見える。
遠くの方から響くぽーん、という音は、一層の寒さを物語っている。私は、父の胸の中で身震いした。
「寒いの?」
父の問いかけに寒くない、と返し、抱き抱えられた胸から降りようとした。
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