感想戦によって将棋は最強出会い系アプリたりえるとは?
##将棋とは最高のツールである##
将棋とは友人をつくるための道具である。しかも史上最高の道具だ。将棋が友人をつくる最高のツールたりえるのには理由がある。それは「感想戦」というものが組み込まれているためだ。
スポーツ競技であれ知的競技であれ、洋の東西を問わず数多の競技がある。しかし感想戦という「戦いなき戦い」が最後に迎えてくれる競技は数えるほどだ。囲碁、チェスそして将棋プラスαといったところだろう。これらの感想戦がある競技の中にあっても将棋は随一の存在だ。そこにはもはや理由なんてない。
しいて挙げれば「無茶苦茶おもろい」から。
そこからあとは盤をはさんで将棋を指せばかならずわかる。
とにもかくにも感想戦こそが将棋を極上の友人作成ツールたらしめているのだ。それは何故だろうか?
##将棋とは対話と会話からなるアート##
『棋は対話なり』という。
将棋の序盤中盤終盤は「対話」。すなわち将棋の実戦は対話だというニュアンスだ。ならば感想戦はさしずめ「会話」である。
対話 ←→ 実戦
会話 ←→ 感想戦
対話とは言語すらも異なる2人が、通訳をまじえて共有言語をつくっていく営み。
会話とは共有言語をえた2人が、その共有言語を用いて親交をふかめる営み。
ここで通訳をになうのが将棋盤上81桝であり、共有言語が盤上実戦でつくられた棋譜だ。
対話という将棋盤上での実戦。これをつうじて棋譜という共有言語ができる。
会話という将棋盤外での感想戦。これをつうじて友人ができる。
対話 会話 会話 対話
A→→ →→☆←← ←←B
実戦 感想戦 感想戦 実戦
他の競技では逆立ちしたって対話どまりだ。
「サッカーは共有言語」とよくいう。だがサッカーは実のところ対話だけで会話をしていない。90分間かけて試合という共有言語つくったおもたら、さあ解散や。
しかし将棋は違う。感想戦という会話のパートが組み込まれていることで、極上の友人作成ツールとなっているのだ。
##感想戦を意識すれば実戦は自ずと上質なものになる#
感想戦があるからこそ、将棋がこのうえない友人作成ツールになっていることは既に述べた。
では感想戦というのは、たかだかそれだけの存在なのだろうか。
それは違う。感想戦には序盤中盤終盤をよりブラッシュアップさせる効果すらもある。
どういうことか説明しよう。
まず感想戦とはそのまま感想の言い合いだ。気の利いた感想を言い合う。ボケたり突っ込んだり時にボケ潰ししたり。とにかく楽しむ。そのためにさかのぼって実戦で駒を躍動させるべく出来る限りの努力をする。
感想戦とはいわば、ピラミッドの頂点。序盤戦、中盤戦、終盤戦という3本の辺によって支えられた頂きだ。ちなみにアカギを読みすぎたせいでこんな文章が書けちまった。
感想戦
↑
序盤戦→△←中盤戦
終盤戦
しっかりとした三辺がなければ頂きはグラグラと不安定になる。すると頂きにある感想戦は弾まず、将棋の目的である「友人をつくる」はおぼつかない。
だから序盤中盤終盤すなわち実戦においてベストを尽くさなければならないんだ。
とはいえ何も強い必要なんてない。だが熱い必要はある。弱ければ弱いなりに熱く指せばそれでいい。熱い三流なら上等ってことだ。
裏返せば、感想戦という確固たる目的があるからこそ実戦で洗練された一手をみつけられる。感想戦でボケる突っ込むボケ潰すを円滑自在にするため、序盤中盤終盤がブラッシュアップされていくんだ。
このように感想戦には序盤力・中盤力・終盤力をくまなく底上げする魔性の力がある。
別に感想戦で実戦をしっかり振り返る必要なんてない。
感想戦は「世間話」が95%で結構。「あの子どうなったの?俺が勝ったんだし教えてyo」ってな案配である。
世間話をする「枕」として実戦棋譜があり、会話を弾ませるためにも熱い実戦棋譜が必要となる訳だ。
この感想戦を北極星として棋力を向上させる具体例については、次回以降の講釈にて紹介しよう。
まとめ
##感想戦##
①将棋は感想戦があるから最強の友人作成ツール。
②将棋は対話パートと会話パートに分かれる。
③会話パートである感想戦があるのが将棋の強み。
④感想戦という秘境があるから強くなれる。
⑤フォロワーが「0」…。どうかよしなにお願いいたします。