「シェアする美術」は、観光公式SNS運用者にとっての教科書。
「シェアする美術 ~森美術館のSNSマーケティング戦略~」は、実際に森美術館のSNSを運用されている洞田貫(どうだぬき)さんが書かれており、めちゃくちゃ勉強になります。
観光公式SNSを運用されている方にとっては、まさに教科書。
テクニカルなことを教えてくれる参考書ではなく、SNS運用に必要な考え方や本質について書かれているので、三重県観光連盟でのSNS運用と照らし合わせながら、内容を紹介していきたいと思います。
本書では、「これをやればバズる!フォロワーが増える!」といったハウツーをお伝えするつもりはありません。SNS運用における最も大切な部分に触れたいと思っています。
SNS運用の本質を理解することが、最高のテクニックなのです。
「インスタ映え」を狙っているわけではない
森美術館のInstagramのフォロワー数は、本日現在で18万1千人。
「インスタ映え」を狙って展覧会を企画していると言われるそうですが、企画はキュレーターが調査と研究をして練っていくものなので、マーケティング的要素は盛り込まれていないとのこと。
これは一般企業とは異なり、クリエイティブとマーケティングが分断されている状況ともいえます。
しかし美術館においては、むしろこの分断されているスキームが正しいと思っています。
その理由は、
「現代アートの美術館としての価値は、この時代、この場所で扱うべき作品をキュレーションを通して見せること」
だからです。
マーケティングばかり意識していると、誰の心にも刺さらないものになるか、一過性の流行で終わってしまう。
本当に自分が作りたいものは何か。なぜこれを世にだしたいのか。こうしたことを追及するのが先にあるべきです。
『美術館として、本来の目的や役割に沿った展覧会を企画したうえで、それをターゲット層に届けるべくマーケティングを展開する。』
ということですね。
これをデスティネーション・マーケティングに置き換えると、
『地域としての固有の価値を明確にし、観光地としてブランディングしたうえで、それをターゲット層に届けるべくマーケティングを展開する。』
ということだと感じました。
最近、SNS映えを狙ったオブジェを観光地に設置する動きがありますが、地域のブランディングと関係がなければ「一過性の流行」で終わってしまう可能性があります。
その点、岡山県の「児島ジーンズストリート」における演出やトイレの壁面は、地域ブランドとマッチしていて素晴らしかったので、お手本にしたいと感じました。
「撮影OK」が「入場者数ランキング」に及ぼしたもの
2018年の美術展覧会入場者数ランキングにおける1位は、森美術館の「レアンドロ・エルリッヒ展」でした。
この展覧会では、すべての作品を「写真撮影OK」「動画撮影OK」にすることができたため、SNSでインパクトのある写真が大量に拡散され、集客につながったとのこと。
毎日大量にアップされていく作品の写真をInstagramで見ていて、まるでプレスプレビュー(開幕前にマスメディアに披露して記事を書いてもらうこと)を毎日実施しているように感じました。(中略)
Instagramに投稿されている写真は、メディアの記事のような、プロのカメラマンが撮った写真ではありません。プロの記者が書いた、整った文章でもありません。(中略)
しかし、来館者の「生の声」こそが、SNS時代においては心を動かす価値のある情報なのです。
この展覧会で経験したのは、情報のその先にある「感動」が人を動かすということでした。
これは、先日紹介した「僕らはSNSでモノを買う」に書かれていたことと全く同じで、「お客様一人ひとりが、メディアそのもの」というSNSの本質が描かれています。
ULSSASの典型的な事例とも言えますね。
「eスポーツ」で学んだ見えない相手への意識
著者の洞田貫さんは、中学生の頃、対戦型格闘ゲーム(eスポーツ)に熱中して全国大会レベルの実力だったとのこと。
そして、eスポーツとSNSの運用とでは、「画面を通して顔が見えない相手の心理を読むこと」という点が共通している、と言います。
気を抜くとフォロワー17万人が1つのかたまりのように見えてしまうときがあります。相手を意識できていない状態です。
パソコンやスマホの画面の向こう側には、血の通った人がいます。17万人というかたまりが、1つあるのではありません。
「一対一の関係」が17万あると考えるべきだということです。
これは、めちゃくちゃ耳に痛い話ですね。。。
SNSは、基本的にコミュニケーションツールなので、当連盟での運用においては、こちらから「いいね」を積極的につけるようにしてますし、コメントがあればなるべくコメントを返すようにしています。
が、忙しい時には、つい後回しにしちゃうんですね。まさに相手を意識できていない状態になってしまうんです。
またTwitterにおいては、投稿量も大事にしてるので予約投稿を駆使するわけですが、「量」にこだわるあまり、未来予測的なことも予約投稿しちゃうんですね。
つい先日、「観光農園のヒマワリが見ごろです!」というツイートを予約投稿したのですが、投稿直後、「もうヒマワリはしおれて農園は閉鎖されてますよ」というコメントが。
急いで謝罪ツイートをしたのですが、すでに見に出かけた方もいて、本当に申し訳なかったです。
「一対一の関係」を意識することの大切さを痛感した出来事でした。
フォロワー数より大切な「エンゲージメント率」
洞田貫さんは、フォロワー数は重要な数値だけれども、大事なのは、投稿にどれだけ積極的な反応があったかを示すエンゲージメント率だ、と言います。
単にフォロワー数が多ければいいというわけではありません。
肝心なのは、どれだけアクティブなフォロワーを抱えているか。
数と質のバランスが大事というわけです。
一般的なTwitterのエンゲージメント率は約1~2%で、3%を超えると内容がよいアクティブなアカウントとみなされることが多いとのこと。
ちなみに三重県観光連盟のTwitterエンゲージメント率は、
2016年度:1.9%
2017年度:1.9%
2018年度:2.6%
2019年度:2.9%
というように、年々フォロワー数が増えているにも関わらずエンゲージメント率は向上し、3%に近くなっているので、まずまずではないでしょうか。
とはいえ、一般的にはフォロワー数とエンゲージメント率はトレードオフなので、なんとか両立できるように運営していこうと思います。
SNSの投稿は「川に短冊を流すようなもの」
SNSの投稿、特にTwitterは、たとえるなら「川に短冊を流すようなもの」だと理解しています。流れた短冊を拾って読んでくれるのは、そのときたまたま川べりにいた人だけ。
だからこそ、必要なことはさまざまなタイミングで、「同じ内容の短冊」を何度も流す必要があると思っています。
この表現、すごく言いえて妙ですよね。
Twitterでは、本当にどんどんタイムラインが流れて行ってしまうので、何回同じことをツイートしても全然大丈夫なんです。
三重県観光連盟のツイートは、以前の記事(観光公式Twitterの運営振り返り~その2)にも書いたとおり、1日10ツイートを目標に運営してます。
うち、オリジナル投稿は4~6ツイート。
内容にもよりますが、1つのツイートを2~4ヶ月ごとに投稿するサイクルを回しています。
基本、オリジナル投稿は公式サイト内の「イベント」、「取材レポート」、「特集」といったコンテンツへのリンクを貼ってます。
「取材レポート」と「特集」だけでも600以上のコンテンツがあるので、1週間に30ツイートをしても、単純計算で20週間(約4~5か月)はネタがもつことになり、それを何回も何回も繰り返し投稿し続けるのですが、すでに紹介したとおりエンゲージメント率は向上してるので、このやり方で問題ないということですよね。
まさに「川に短冊を流す」ように、誰がいつどんなタイミングで読まれるか分からないので、Twitterに関しては、どんどん投稿していけばよいと思います。
SNSをウェブサイトの誘導口にしてはいけない
これは、三重県観光連盟の運営とは真逆のことなので、このサブタイトルを見た時は、「えっ⁉」と思いました。
投稿のテキスト内で詳細を伝えきれないために、「詳細はこちら」のリンクで飛ばすのは問題ありません。
しかしリンクだけの投稿は、ユーザー側にしてみたら、せっかくフォローしているのに、その意味を見失ってしまう気がするのです。(中略)
できるだけ情報はリンクに頼らず、SNS内で完結していることが望ましいと思っています。
これは、Twitterジャパンのモリケンさんもセミナーで同じことを言われてましたね。
ユーザーはタイムラインで情報収集してるので、大事な情報はツイート内にきちんと書いておく方が良い、とのことです。
三重県観光連盟のTwitterは、「ウェブサイトへ誘導すること」を目的の一つにしているわけですが、「イベント」紹介であれば、日時や場所といった基本情報はツイート内に書くようにしています。
また、「取材レポート」や「特集」は、そもそもボリュームのあるコンテンツなので、コンテンツへのイントロダクション的な内容をツイートしています。
ということで、これなら洞田貫さんやモリケンさんが言われることから大きく逸脱してないだろうと勝手に解釈してます(笑)
それと、公式サイトへのリンクはTwitterカードが表示されるようしてあるので、リンクを貼るだけで自動的に画像が大きく表示される、というのは大事なポイントですね。
画像を選択して貼るという作業は意外に時間がかかるので、そうしたことも合わせ、うちの場合は今のスタイルで問題ないと思ってます。
予算がなくても効果を発揮する「SNS」という魔法
ここで書かれていることは、本当に大事なことで、SNSの重要性を伝える際に自分もよく使わせてもらっています。
まずは、結果を出すことより先に、できることを100%やっていくことからスタートします。
そのとき、最初から最後まで役に立つツールとして、SNSは強力な手法であり、プロモーションの「主砲」になっていきます。
何しろ、ツール自体に費用がかからない。
しかも、直接的に集客に影響が出る。
やる、やらないではなく、やらなければ、結果的に、最善を尽くしたことになりません。
「刀」の森岡毅さんは、著書「USJを劇的に変えた、たった一つの考え方」の中で、次にように述べられています。
戦略とは、目的を達成するために資源(リソース:カネ、ヒト、モノ、情報、時間、知的財産)を配分する「選択」のこと。
戦略が必要なのは、「達成すべき目的がある」「資源は常に不足している」という理由による。
往々にして、観光プロモーション予算は潤沢にありません。
ただ、資源は「カネ」だけではないのです。
「カネ」がなくても「ヒト」と「時間」があれば、SNSは運用できるんですね。
「ヒト」と「時間」も無い、というのであれば、「目的」=「自分の地域にお客様に来てもらう」ため、「ヒト」と「時間」をどんな仕事に配分しているのか、それはSNSよりも優先度が高いのかどうか、を再考すべきです。
特に、観光はSNSと相性が良い業種であり、ユーザーはSNSで情報収集しているという現実があります。
なので、ちょっと言葉はキツイのですが、TwitterとInstagramをやっていない観光協会、観光連盟は、職務怠慢だと感じてしまうのです。
それぞれ事情はあると思いますが、まずは、やってみること。
SNSもどんどん変わっていきますし、どこまでいっても正解なんてないんです。やってみないと分からないことだらけなので、とにかくスタートして、勉強しながら運営していってもらえればと思います。
「中の人」が人気者になる必要はない
Twitterでは、企業アカウントの「中の人」が自由につぶやくことで、それが人気になることがあります。
洞田貫さんも、差別化のためにそういった路線でいくことも検討したそうですが、「いまではその方針をとらなくてよかったと、心底思っています」と書かれています。
Twitterで話題を獲得していく有名企業の「中の人」たちのやり方を否定しているわけではありません。とてつもない影響力があると思っています。
ただ、おそらくそのアカウントのフォロワーは、企業のファンでもあるのですが、どちらかといえば「中の人」のファンだと思うのです。(中略)
また、「中の人」が自由に発言する企業アカウントには、問題が一つあります。それは、その人のセンスに頼ってしまう=属人化してしまう、ということです。
属人化することは、組織としては避けるべきポイントですし、観光公式アカウントの性格を考えると、個性が全面に出るアカウントをユーザーが求めていないようにも感じるので、洞田貫さんが言われることに同感ですね。
ただ、個人的には企業アカウントの「中の人」の代表的な存在である「シャープさん」には、見習うべき点が多いと思ってます。
それは、「徹底したユーザーファースト」の姿勢です。
これ、ウケを狙うとかではなく、あくまでユーザーに寄り添った結果のツイートなんですよね。
観光案内でいえば、他県の観光スポットをオススメすることですが、これはなかなかできることではありません。
「シャープさん」=山本隆博さんの言葉は、どれもSNSの本質を突いていてすごく勉強になりますし、結果、洞田貫さんや飯高さんが言われていることと同じであることに気づきます。
シャープでは扱っていない商品、たとえば食洗機の相談があれば、扱っているパナソニックを案内します。
だって、それがお客さんのためになるから。
属性とかペルソナとか、お客さんの選別は考えません。
そもそも家電やスマホは、ターゲットにならない人はいませんから。
SNSを始めて分かったことは、SNSはマス広告を代替するものでも、規模を追求するものでもないということ。
じゃあ何かと言うと、企業とお客さんが一対一で会話をしたり、ファンを増やしたりするものだと、私は認識しています。
SNS上の振る舞いと言葉は優しくないとダメです。
それから一歩引いて、自らの企業と、自分の言葉と振る舞いを俯瞰すること。なぜならツイッターを運営する私という存在は会社とお客さんとの真ん中にいるから。
「だって、それがお客さんのためになるから。」は、名言ですね。
洞田貫さんも、次のように書かれています。
SNSは一対一の関係であることを意識し、画面の向こうにいるユーザーと仲良くなること。
わかりやすくいえば、家族や友だちに話しかけるときと同じ気持ちで投稿を考える。それが、自分のアカウントを愛されるアカウントに変える、基本的なマインドです。(中略)
こちらのマインドがSNSを通じて相手に伝わったときに、アカウントの信頼を得ることになり、ブランディングにつながっていくのです。
画面の向こうにいるお客さんを想像し、彼らが本当に必要としている情報を淡々と投稿していく。これだけです。
「中の人」のキャラクターを作って面白くする必要はないと思っています。
あえていえば、必要なのは「ユーザーに対する思いやり」です。
テクニック云々よりも、ユーザーに対する思いやりさえあれば、結果的には上手くいくということですね。
「中の人」がいる大切さ
私はよく、「何をやればすぐに効果を出せますか?」と聞かれます。この質問に対して、はっきり答えられることが1つあります。
それはSNSの「中の人」、つまり「ソーシャルメディア・マネージャー」という選任のポジションを置くことです。
これをやれば、間違いなく効果が出ると思います。
他県の観光連盟の方と話をしていても、
「SNSをするのにスマホをいじってると、遊んでるみたいに見られる。」
との嘆きがよく聞かれるのですが、これは、組織としてSNSの重要性が理解されていない、ということですよね。
選任のポジションを置くのは難しいにしても、仕事としてきちんと割り当てることは、絶対に必要だと思います。
まとめ
以上、個人的に特に響いた箇所を抜き出してみたのですが、実のところ、すべて抜き出したいくらい、SNS運営での大切な視点がたくさん書かれています。
美術館のアカウントということで、観光公式SNS運営に近いところがあり、紹介される事例も理解しやすいと思いますので、ぜひ、読んでみていただければと思います。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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