アオ (1500字小説)
私の言葉を分かる人がいない。
仲間がいない。
私の孤独や、どこかに消えていく言葉を
見える人がいてほしいと思っていた。
言葉って目に見えなくて、毎日生まれては消えていく。
音楽も、消えていく。
発した言葉を黒い液体に浸したら
ずっと消えずに残るだろうか。
私は私が手に入れたアートのような世界を
この感覚を 分かる人に会いたくて探した。
子供の頃は見えるのに聞こえるのに
大人になると分からなくなる。
成長しているようで五感は失われる。
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アオは もと非行少年だった。
アオにはいわゆる芸術的な五感はなかったが、
他の人が感じ取れない感性を持っていた。
第0感。
「言葉って、言ったらすぐ消えるように見えるけど、ほんとは無くならないん。」
アオは言っていた。
言葉が無くならないなら、音楽も無くならないんだろうなと思った。
「でも見えなくなった言葉はどこに行くんだろう」
そう聞くとアオは
「いろんな場所に散り散りに、浮かんでいたり落ちてたりするよ」
と言う。
目に見えないものが見える彼に興味があった。
どんな世界が見えているのかを知りたいと思った。
脆さ
危うさ
一歩足を踏み外せば落ちていく世界で
足を踏み外したと言っていた。
不良とか非行とか言われたが、意味は分からなかったと。
「悪い」が今も分からないと。
アオは、手首が取れてするすると逃げようとしたと言う。
逃げようとした手首を捕まえて元にくっつけたと言う。
私には傷ついた子供の天使にしか見えなかった。
なぜこうなったか知りたいと思った。
共感があった。アオはこの世界の仕組みをあまり知らなかったけど、
魂の響きは、知の問題ではないと知った。
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初めて会ったとき、
天使は何もない空間を 何度も手刀で切っていた。変な人だと思った。
そう思ったけど、話しかけてしまった。
何してるんですか?
天使は言った。「次の世界に行くために入口を作ってるん。」
口調がとても優しかった。優しい非行少年だった。
空がうまく切れないから、次の世界に行けないのだと思っていた。
だけど聞けばそうではなかった。
空を切るたびに空は切れて、次の世界に移っているのだとアオは言った。
私には彼がずっと見えているので、同じ世界にとどまっているように見えた。
だけど彼には さっきの世界と今の世界は別もので、いまここにいる私も さっきの私とは違う私なのでしょうと言った。
姿かたちは同じだけど世界が違うから別の人だと言った。
私はアオに、私は私だと言った。アオが何か、あきらめたような悲しそうな顔をしたので、私は彼が悲しくならないように、彼の世界を信じることにした。
アオはこの世界を初めて見ているようだった。
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アオの部屋では、朝は部屋の下から明ける。カーテンのサイズを間違えたのだと言って笑う。
布の足りない隙間から光が差す。
この場所にはカーテンがない、し、隙間がある。
私にはこの隙間から差す光が音楽に見えた。
昔からすべての音が和音に聴こえた。
音楽を聴くと色が見えた。
光が音に見えて、音から色が見えるから、
光を見ると、音から跳ね返った色と混ざり合って、和音のような、多彩な光になった。
指先からも色が伸びて、光とつながり混ざり合う。
この話は、人に話してもほとんどワカラレなかったが、
アオにそれを言うと彼はすべてを理解できるようだった。
「光が響き合っている」
という彼の言葉を今も覚えている。
光から聴こえた音楽を彼に聴かせた。
思えばあれが私の始まりだったのかもしれない。
今は光を見ても音楽が聴こえなくなった。
音は聴こえないけど光の和音だけは見える。
魂が響かなくなったので アオは私の前からいなくなった。
だけど時が経っても、感覚は覚えているし残っている。
空を切ってみると、また少し世界が変わった。