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堕山菜  (1300字小説)

「 山菜になりたい 」と思っていたら、本当に山菜になってしまった。
山菜に幻想を抱きすぎたかもしれない。
他に何か無かったか。何にでもなれるのなら・・。

人間としての最後の記憶は、消し炭、ケシズミだった。
体中が焼かれ、骨だけになってもまだ焼けた。
全身が黒い炭になって、赤い空中を落ちていった。
底は無かった。どこまでも続く、赤の空中を落ちていった。
落ちることに慣れると、そのうち感覚が無くなり、一瞬、宙で止まった気がした。
一瞬止まった後、今度はどこまでも続く赤の景色が、どこまでも昇り始めた。
昇る赤を見続けていたが、そのうちこれにも飽きてしまい、意識は遠のいた。
気付くとケシズミの体で世界に戻っていた。
こんな体・・と恥ずかしく思って外に出ると、
歩いている人はみんなケシズミだった。
自分の目が変になっただけかと思い、
すんなりと現実を受け入れ、学校に通い始めた。
当たり前だが学校では、ケシズミ同士が恋愛し、
ケシズミがケシズミをいじめていた。

この世界を受け入れながらも、心の中では
ケシズミと、ケシズミになった自分を蔑んでいた。
将来の夢は?と聞かれても、良いケシズミになろうとは思わなかった。
ただ あるがままに、山菜のように自然に、
ただ存在したいと考えるようになった。

その結果がこの姿だった。望み通り山菜になった。
いつ、なぜケシズミじゃなくなったのか、思い出せない。
山菜は、自然に任せて、自然と一体化して平和に
大らかに生きていると思っていたが、そうではなかった。
山菜はエゴのかたまりだった。
好き勝手に自分の縄張りを広げ、生き残るために毒を隠し持ち、他者を攻撃した。
身体がねじれて息ができないこともあった。しかし自分の意志では動けなかった。
毎日、虫に食われていた。生まれ変わったら絶対に虫になろうと思った。
これならケシズミのほうがマシだと思った。
近くにいた山菜が言った。
「私を殺してください。殺してください。それもできるだけ派手に。」
誰に言ってるんだと思いながらも、願いが叶うといいなと思い手助けしてやった。


そんなに強く願ったつもりはなかったのだが、
気付けばケシズミの山菜になっていた。
近くの山菜もろとも、全て はじけ飛び、燃えたのだった。ケシズミの山菜は動けない。

そしてケシズミの山菜は、考える力を失っていく。
人間だったはずの自分は、ケシズミ人間になっても、山菜になっても、
自分を見失ったことはなかった。
今はじめて、自分が自分でなくなる感覚を覚えた。
余白が広がっていく感覚。白は増えていき、白の上に字は書けない。
起きたら夢で、人間に戻るのか
と最初は思っていたが、もうニンゲンが何かも思い出せなくなっていた。
白は考える力を奪ってゆく。
そうして白が、考える世界の端までやってきた時、
ケシズミの山菜は、自分の終わりを受け入れた。
頭の先から、光の線がぴんと張って、どこまでも伸びていった。
直後、ケシズミの山菜は、考えのない ただの大きな白になった。

最後に、「フルーツ人間」 と言い残してケシズミの山菜は消滅した。


目が覚めると フルーツ人間 になっているかと思ったが、
鏡を見ると、頭からエノキ茸が生えていた。

ケシズミは頭のエノキ茸を一本一本抜きながら、
人間に生まれ変わるというのは夢物語なんだな、と思った。


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