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先輩の話(嘘)(800字小説)

大学のゼミで、学年を超えた交流会があり、
そこで知り会った先輩がこんなことを言っていた。

最近、ごはん抜きのお茶漬けを食べている。
作り方は、お茶漬けの素をお茶碗に入れて、お湯を注ぐだけ。
ちゃんとお茶漬けの味がする。


その先輩はちょっとダメな人で、
お酒を飲むと必ず、クツを片方脱いで、クツを持ちながら歩く。
なんでそんなことするんですかと聞いたことがあるが
理由は本人にも分からないらしい。
クツを失くしてしまうことも多いため、
同じクツをいっぱい買っているらしいのだけれど、
無くなるのは高確率で右のクツなので
どうしても左のクツばかりが溜まっていくという。


先輩は言う。
実はこの世界には裏世界というのがあって、
私たちの世界と並行して時間が流れている。
表と裏の世界は時々入れ替わる。
鏡のようによく似た世界で、
私たちも表と裏を行き来しているのだけれど
多くの人にはその自覚がない。

不思議なことが起きるのは、
実はその表裏の反転に起因していることが多くて、
その性質を知って上手に利用している人もいる。
ごく稀に、世界を行き来しない人もいる。
表世界にいるときは、裏世界の住人には会えず、
逆に裏世界に行ってしまうと、表世界だけの住人には会えなくなる。


先輩は続ける。
私のクツが無くなるのは世界の反転のせいだと思う。
裏の世界はいつも、私のクツを狙っている。

なぜ裏世界は先輩のクツを狙うんでしょうか?と聞くと

私には分からない。
もしかしたら私の右クツが高額で取引されているのかもしれないし、
裏世界の私が、世界のためにそっとクツを置いてきているのかもしれない。
よく似た世界だけれど価値観が全く違うのだと思う。

裏世界では、先輩は先輩の人格ではないのですか。
意思や記憶はどうなっているのですか。と聞くと

夢の世界とよく似ているのかもしれない。
自分だけど自分じゃないような。
どちらにしろ、私のクツひとつで世界が救われるなら本望だと思う。

きっと私がお酒を飲んでクツを片方脱ぐと
表世界と裏世界が入れ替わるのだと思う。
世界に、酒を飲むとクツを片方脱ぐ人が何人いるか知らないけど
そういう人に世界の不思議は支えられているのかもしれない。

本気なのかふざけているのか分からないが
先輩は真顔でそんなことを言っていた。

が、裏から表へはどうやったら戻るのですか?
と聞くと先輩は

「そこまで考えてなかった」
と照れくさそうに笑いながら言った。

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