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『ハツカネズミと人間』/本・海外文学

内容(「BOOK」データベースより)
一軒の小さな家と農場を持ち、土地のくれるいちばんいいものを食い、ウサギを飼って静かに暮らす―からだも知恵も対照的なのっぽのレニーとちびのジョージ。渡り鳥のような二人の労働者の、ささやかな夢。カリフォルニアの農場を転々として働く男たちの友情、たくましい生命力、そして苛酷な現実と悲劇を、温かいヒューマニズムの眼差しで描いたスタインベックの永遠の名作。

『文学効能事典』から「希望を失ったとき」で紹介されてて読みました! ……なんか、この本からのラインナップが暗いシチュエーションばっかりで、大変だよー、ってアピールをしてるみたいになってきてちょっとアレですね。

 読後、とにかく悲しくてあまり感想が出てこなかったので引用ばっかりになってしまった。つらすぎない? 希望を失ったときに読む本……なのか……?

・レニーはよく、ジョージに未来の暮らしについて話してくれたせがんでいる。あまりに繰り返し話させるので、レニーは内容をそらで覚えてしまっている。

「おめえ、どうして自分で話さねえんだ? 何から何まで知ってるじゃねえか」
「だめだあ⋯⋯おめえが話してくれ。おらが話すと同じにならねえ。続けろや⋯⋯ジョージ、おらあ、どんなふうにして、ウサギを世話するようになるんだったかなあ」

P.26

 物語論をかじろうかじろうと思いつつ、ぜんぜん言葉にできないんだけど、内容(何を)ではなくて誰がどのように語るかが重要なのかを、おそらくレニーはわかっている。覚えていようが、言われたそばから一字一句繰り返そうが、あくまで"ジョージが"話してくれる夢の暮らしが大事なんだと思う。

・話の落ち着くところは、とても悲しいんだけど、ジョージの諦めとはまた別に、クルックスのそれは恐ろしかった。

 女はあざ笑いながら、相手に向きなおった。「いいかい、黒んぼ。おまえがへらず口をたたくんなら、あたしがおまえにしてやれることはわかってるね?」
 クルックスはガックリして女を見つめたが、やがて寝床に腰をおろすと、身を縮めた。
 女がせまる。「おまえ、あたしのしてやれることはわかっているね?」
 クルックスは身をいっそう縮めて、壁にピッタリとついた。「はい、奥さま」
「よろしい。それなら、分をわきまえるんだよ、この黒んぼ。おまえを木にぶらさげて、つるし首にすることぐらい、おもしろくもないほどわけなくできるんだからね」
 クルックスは消え入りそうになった、もはや個性も自我もない。好きとかきらいとかいった、感情をよび起こすものもない。「はい、奥さま」抑揚のない声だ。

P.126

「もはや個性も自我もない」、「感情をよび起こすものもない」、「抑揚のない声」。

 クルックスが、「キャンディ!」と呼び止める。
「え?」
「さっき、畑仕事や雑用をするなんて言ったこと、覚えてるかね?」
「ああ、覚えてるよ」
「じゃ、それは忘れてくれ。本気で言ったんじゃない。冗談で言ってただけだ。わたしゃ、そんなところへ行きたくないんだから」
「うん、わかった。あんたがそう思うんならな。じゃ、おやすみ」
 三人の男たちはドアの外へ出た。馬屋の中を通って行くと、ウマが鼻を鳴らし、はづなの鎖がジャラジャラ言う。
 クルックスは寝床にすわって、しばらくドアを眺めていたが、やがて塗り薬のビンに手を伸ばした。シャツの背中を引き出し、桃色の手のひらに塗り薬をすこしたらすと、後ろへ手をまわして、ゆっくりと背中にこすりつけはじめた。

P.129-130

 そしてクルックスは諦める。ほんの一瞬だけ見た夢を。これはあまりにも……。

・悲劇の直接の原因になったカーリーの妻だけど、彼女は彼女で別の夢想に囚われているんだよなあ……。

「映画の仕事をしてる人に会ったの。その人といっしょに、リヴァーサイド・ダンスパレスへ行ったわ。その人、あたしを映画に出そうって言うのよ。生まれつきの才能があるんですって。ハリウッドに帰ったらすぐ手紙をよこすと言った」この話に感心したかどうかをたしかめようと、女はレニーをじろじろ眺めた。「その手紙はあたしに届かなかった。かあさんがとったんじゃないか、とずっとうたぐってるの。そこで、世の中へ出て自分の才能を伸ばせないし、手紙も奪われてしまうところには、いる気がしなくなってね。手紙をとったか、かあさんにきいてもみたけど、とらないって言うでしょ。それで、カーリーと結婚したの。」

P.137-138

 みな、ままならない現実を、たよりない夢で慰めてやり過ごしているのが、読んでいて苦しい。

・物語の最後、困ったときにどうするべきか、言いつけを思い出したレニーは、茂みの中に隠れてジョージを待っていた。レニーはまた、いつもの話をせがむ。

「さあ、おらたちのこと、話してくれ」
 ジョージはしばらく黙ってから、「だけど、おれたちはそんなじゃねぇ」
「だって──」
「だって、おれにはおめえがついてるし──」
「おらにはおめえがついている。おらたちゃ、そうさ、たがいに話しあい世話をしあう友だちどうしなのさ」レニーは勝ち誇ったような叫びをあげた。

P.161

「おめえ……とおれとでだ。みんな、おめえによくしてくれるぞ。もう、もめごとなんかねえ。だれも、ひとにケガをさせたり、盗んだりなんかしねえ」
 レニーが言う。「おめえはおらのことをおこると思ってたんだがなあ」
「いや」とジョージが答える。「おこらねえよ、レニー。おれはおこらねえ。これまでもおこったことはなかったし、いまだっておこっちゃいねえ。これはおめえにわかってもらいてえな」

P.164

 ジョージはこの先どうやって生きていくのか……。スリムは気にかけてくれてはいるが、ジョージはこう言っていた。
「そりゃあ、レニーはひどくやっかいなときがほとんどさ。だが、友だちといっしょに歩きつけると、とても離れられねえもんよ」(P.66)

 き、希望を失ったときに読む本なのか……。ただ、紹介の意図がわかる、いい文章があったのでそちらを引用して終わる。

 だれの心にも、かならずレニーがいる。レニーはときどき、だれかに"ウサギをたくさん飼う話"をしてもらわないといけない。そしてだれでも、ときどきはジョージになって、ウサギの話をし、だれかを元気づけてやることができるのだ。

『文学効能事典』 P.85

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