写真でワンシーンを表現するには:木村伊兵衛の秋田
写真の世界でレジェンドというような人の写真集を読もうということで、この前の土門拳さんに続き、木村伊兵衛さんの写真をまとめた『木村伊兵衛の秋田』を読んでみました。
1.写真集の構成
『木村伊兵衛の秋田』では、秋田の農村地帯の暮らしが写されていました。
本の構成としては、田植えの時期から始まり、稲が育ち、稲を刈り取り、北国の厳しい冬が訪れるという流れになっていて、まさに稲(米)と密接に関わる秋田ならではの1年の暮らしぶりを感じました。
2.写真の表現:土門拳との違い
(1)『木村伊兵衛の秋田』の表現
この本では、それぞれの写真から共通して感じることがありました。
・暮らしている人の熱量(温度)を感じる。
・撮られる前後の動きまで感じられる、想像させられる。
・写真のフレームに収まっていない周りの景色を想像できる。
これらの要素をまとめて、感じられたことは、どの写真もワンシーンを捉えているということでした。具体的にどのような技術で、表現ができていのかは理解できませんでしたが、まるで映画のワンシーンを切り取ったかのような空気感を持っていました。
そして、これを読んだときに、ふと土門拳さんの『筑豊のこどもたち』のことがよぎりました。
(2)土門拳との違い
『筑豊のこどもたち』も『木村伊兵衛の秋田』も、地方の生活を見つめた作品ということで共通していました。しかし、その写し方や見つめ方がまるで違うように感じました。土門拳さんは、筑豊の人々をシリアスさ、真剣さ、緊張感を持って捉えているように感じました。一方で、木村伊兵衛さんは秋田の日常をドラマティックに、希望や光を感じて捉えているようでした。
この違いは、撮る瞬間、距離感、コントラストが大きく影響しているように思いました。木村伊兵衛さんは、ハイライトからシャドウまで上手く潰れない範囲で収まるようにしており、土門拳さんはコントラストを強くして人の存在感を際立たせているように感じました。
改めて振り返ってみると、土門拳さんの少し荒々しい表現は『プロヴォーク』の「アレ・ブレ・ボケ」にも繋がっているのではないかと思いました。そのあたり実際に関係しているのかしていないのか、また色々な写真を知る中でわかっていけたらと思います。
※土門拳さんの『筑豊のこどもたち』を読んだときの感想は以下のページに残してあります。