【連載小説】ライトブルー・バード<15>sideサトシ④
↓前回までのお話です↓
↓そして登場人物の紹介はコチラ↓
↓更に超簡単相関図はコチラ↓
放課後の昇降口は帰宅する生徒と部活に向かう生徒が入り交じり、 学校独特のカオスを作り出していた。
井原サトシはその中を仏頂面で立っている。
山田カエデが一軍グループを抜けてから3日が過ぎた。「何かあったら俺に言え」とあれほど釘を刺したのに、その後の彼女はサトシに何も報告をしてこない。
「…あ、井原さんだ」
不意に知らない女子の声が耳に入ってきた。不機嫌な気持ちが手伝って、サトシは声の主である下級生らしき2人組をジロリと睨んだが、彼女たちは「あ、目が合っちゃった」「やっぱクールでカッコいいね」と囁きながら通り過ぎてゆく…。
(バカじゃねーの?)
自分が女の子ならば、こんな無愛想なヤツにキャーキャー言ったりしない。
「…サトシ?」
そして今度はよく知っている声が飛び込んできた。振り向けば、そこにはカエデが立っている。
「…よぉ」
待ち人来たり。サトシはカエデの目の前に、持っていた上靴を差し出した。かかと部分には『K.Yamada』とマジックで書いてある。
そう…これはカエデの上靴だ。
「なぁカエデ、俺ってそんなに頼りにならない?」
「………」
カエデが今履いているものは、学校から借りたスリッパだった。
カエデの足元がおかしいことに気がついたのは、昼休み終了間近。「まさか…」と思ったサトシは、慌てて昇降口付近のゴミ箱に向かい、ゴミの底に沈められていた一組の上靴を発見した。
滑り込みセーフ…気づくのがもう少し遅ければ、掃除の時間がやってきて、上靴はゴミと共に収集されてしまっただろう。
「ゴミ箱ン中は紙クズしかなかったから、そんなに汚くなってないと思う」
「うん、ありがとう」
カエデは切なそうな笑顔で上靴を受け取った。
「外靴は大丈夫か? そっちはどこにもなかったんだけど」
「うん、大丈夫。朝、上靴が無かった時点で嫌な予感がしたから、自分で持ち歩いていたの」
そう言ってカエデは上靴をバックの中に入れ、代わりにローファーを取り出した。
「いい判断じゃん。じゃあカエデ、帰るぞ」
「…えっ? 『帰るぞ』って…サトシ、部活は?」
「休み」
「いやいや…だってウチのクラスのバスケ部男子は…」
「や・す・み!!ですが何か?」
「………う、うん」
そして帰り道…。しばらくはお互い無言だったが、サトシがようやく口を開く。
「そういやオマエ…、さっきの質問に答えてねーんだけど」
「…えっ?」
「3日前『なんかあったら俺に言え』って言ったよな? 上靴捨てられるレベルのイヤガラセ受けてんのに、何で一言も教えてくれねーの?」
「いやいや…だってこれは私的には『想定内』だし。こんなことサトシに相談していたらキリがないよ…」
「ふーん」
「ねぇ…サトシ…あのさ…リュウヘイには言わないでね」
「はっ!?」
オマエの好きな男とはいえ、こんな状況でリュウヘイのバカに気を使ってんじゃねーよ…と言いたいのをこらえて、サトシはそれを「言わねーよ」という言葉に代えた。
「ありがとう」
「リュウヘイには言わないから、オマエが板倉ナナエたちにされたこと俺に全部言え!! 想定内も想定外も全部!!」
一気にまくし立てるサトシと目を丸くするカエデ…。
「…サトシ、あのさ、どうしてそこまで私に気をかけてくれるの?」
カエデのストレートな問いにサトシは一瞬怯んでしまう。
「…そ、そりゃ、オマエは俺の恩人だからだよ。小3の時にイジメられていた俺を庇ってくれただろ? それに…あのグループを抜けろとけしかけたのは俺だ。それなりの責任はある」
この言葉に嘘も偽りもない。
ただ「オマエのことが好きだから」という部分を割愛しただけだ。
恋心を伝えるつもりはない。
多分、一生…。
「ありがとうサトシ。でもサトシは責任感じる必要はないんだよ…」
カエデはそう言ってサトシを見上げた。
「だって私はサトシに感謝しているんだから。…そりゃ、今はちょっとツラいけど、1年後の私はもっとサトシに感謝していると思う。そして卒業して大人になった時には、もっともっと…。うん、絶対に…。だから本当に気にしないで。そもそも私たちは間違ったことをしていない」
「………」
サトシはカエデを抱きしめたい気持ちをぐっとこらえて、冬の空に視線を移した。
カエデと別れて帰宅したサトシは、制服のままベッドに転がった。
(なーにーが『想定内』だよ!!)
カエデから聞いた(…というよりは無理矢理聞き出した)話を思い出す度にイライラが積み上げられてゆく…。
板倉ナナエたちによる無視、そして意味の分からない嘲笑…。それで満足できないのか、彼女たちは他の女子たちにも無言の圧力をかけた。
カエデは自分の意志でグループを抜けたのたが、傍目から見れば『追放』と同じだ。大抵の女子は一軍女子グループを恐れて、『弾かれた側』を更に遠くへと弾く…。そんな場所でカエデが一人で耐えているのかと思うと胸が痛む。
そしてあの3人組は、休み時間の度にグループLINEでカエデの悪口を送り合って大声で笑っているそうだ。
「どうして私のことだって分かったかって?…そりゃ、あのコたちがワザとらしくスマホ画面と私を交互に見て笑っているからだよ。私が気づかなければこの『遊び』の意味がないじゃん」
サトシの問いに苦笑いをしながら答えていたカエデ…。彼女の肩をすくめたようなポーズがとても痛々しかった。
(あのヤロー共!!)
リュウヘイはこうなる事態を恐れて今まで躊躇していたのかもしれない。彼は基本バカだが、真っ直ぐな性格なので意外と口論は強い。しかし年齢が上がると共に正論が通じないヤツが増殖することを学習してしまったのだろう。
自分もリュウヘイも『お手上げ』状態なのか?
「…いや、まだまだ」
「何が『まだまだ』なの? 気持ち悪ぅ。独り言なんか言って…」
サトシはその声に驚き、慌てて上体を起こす。
「げっ!? ナルミ!! テメー、勝手に俺の部屋に入ってくるんじゃねーよ!!」
いつの間にか部屋のドアが開いていて、そこには姉のナルミが立っていた。サトシと同じ顔をしているので、よく双子と間違えられるが、彼女は1歳年上で別の高校に通っている。
「何度もノックしたけど?」
「で、何の用?」
「シャー芯分けて♥️」
「嫌なこった。テメーでコンビニ行ってこい。俺は今、物凄く機嫌がワリーんだ。八つ当たりされねーうちにさっさと出てけ」
「おーこわ。…ほーぉ? 確かにアンタの怒り、沸点MAX越えてるわ。ねぇ気づいてる? サトシって本当に怒っている時は、めちゃくちゃ口角が上がるんだよね。その顔…下手な仏頂面よりホラーだからwww」
「ナルミも同じだろ!! そのホラーな笑顔で、過去に何人の元カレを恐怖のどん底に沈めたんだかっ!!」
「『初恋拗らせ野郎』がヒトの恋愛を語ってんなよ!!」
「オイ、今何て言った!? テメー! 今日という今日は許さねーからな!!」
サトシがナルミの胸ぐらを掴もうとしたが、一瞬早くナルミの右ストレートが決まり、彼はその場で尻もちをついた。
「サトシ、忘れたの? 私はボクシング部の部長と3ヶ月付き合っていたんだよ」
ファイティングポーズ怖いくらい決まっているナルミ…。
「フツーのオンナは彼氏からそんなスキル習得しねーからっ!! おいナルミ、あんまり調子に乗るとマジでハンデ無くすぞ!!…ってことで今度こそ覚悟しろや!!」
次の日の朝…
「サトシ…お前、昨日『姉上様』とケンカしただろ?」
教室に入ってきたサトシの姿を見て、友人たちは全てを察した。彼らは色々な思いを込めてナルミを『姉上様』と呼ぶ。
「なんで分かった?」
生々しい引っ掻き傷がついた頬を指先でさするサトシ。
「お前にケンカ売れる人間なんて、姉上様以外いねーだろ」
「あんなヤツ姉じゃねーよ!! アイツは女子高生の着ぐるみを着た悪魔」
ちなみにナルミの方でも『弟はアンタじゃなくてリュウヘイくんが良かったのに』としょっちゅう言っているのでお互い様なのだが…。
「…ところで誰か…俺にシャー芯分けてくれねーか? アイツに全部取られた。 あ、できればHBがいい」
「え!?(もしかして姉弟ゲンカの原因ソレ?)」
全員の心の声が一致した。
始業チャイムまでまだ時間があったので、サトシはカエデのクラスへと足を運んだ。目立つことはしたくないが、やはり気になる。
2年3組の教室に着き、サトシは後ろ側のドアから中をそっと覗く…。
カエデは真ん中の前から2番目の席に座り、本を開いていた。その後ろの席にいるのはナナエの腰巾着で…確かアサミというオンナだ。
アサミはスマホを操作していた。別に珍しい光景ではないが、「もしや…」と思い、ナナエとミサを視線で探し、3人の動きをチェックしてみる。
3人はそれぞれの席でスマホを操作しているが、笑いで肩を震わせるタイミングがほぼ一緒だった。
(間違いねーな)
昨日、カエデが言っていたLINEでの『遊び』だ。どうやらまだ飽きていないらしい。話を聞いただけでヘドが出そうだったのに、実際にその光景を目にすると、殺意に近い感情が沸いてくる。
アイツらのスマホ画面の中には好きなオンナに対する誹謗中傷が書き込まれているのだから…。
(予定変更…このまま戻っていいワケねーよな)
成功する保証はない。でもイヤガラセがエスカレートする前にどんな手を使ってでも止めなければならない。小3時のようなぶん投げるランドセルは持っていないが、他に投げられるものならある!!
『俺自身』だ。
今まで面倒くさいと思っていた自分の立場を、今日は思いきり使わせてもらうじゃないか!!…と。
サトシは教室にずかずかと入りこむと、ターゲットをナナエに絞り、背後から彼女のスマホを奪う。操作に夢中でサトシに気がつかなかったのがラッキーだった。
「ちょ!! ちょっと何すん…の…」
ナナエの威勢のいい声は一瞬だけ。スマホを奪った相手がサトシだと分かると、秒でトーンダウンしてしまった。もちろん計算済みだ。
3組の教室がしーんと静まる。もちろんカエデも今何が起こっているのか分からず、そのまま自分の席で固まってしまった。
「ねぇ、何オモシロイことしてんの? 俺にも見ーせーて♥️」
自分史上最大に上がった口角でサトシ…もとい『黒サトシ』はナナエを見下ろす。
そしてスマホの中身は、予想通りカエデの悪口でいっぱいだった。その中にあった『カエデのヤツ、ゴミ箱から拾った上靴履いてるしwww』のメッセージがサトシの怒りを更に加速させる。
「ねぇ、何でカエデの上靴がゴミ箱にあったって知ってんのー? ま、聞くまでもねーか」
「………」
ナナエは声が出せない。あんなにお近づきになりたいと思っていたサトシなのに…。今の彼女はまるでヘビに睨まれたカエルだった。
「いいか? カエデにイヤガラセをするっていうことは『彼氏』の俺にケンカを売っていると同じだと思えや!!」
「え!?」
今度は教室中がざわめく。
「山田カエデは俺の『彼女』ですが何か?」
「彼女?」「うそ? 井原くんに彼女?」「今泉マナカは?」「いや、井原って特定の彼女作らない主義じゃ…」「…ってかカエデが?」「いつの間に?」「やだよ」などの言葉が飛び交う。
もっともこの空間で一番驚いているのはカエデだろう。
サトシはカエデに近づき、彼女の腕を引っ張ると、そのまま教室をあとにした。
「ササササ…サトシ…ねぇ何言ってんの!? 私、意味が分からないんだけど」
「………」
サトシは黙ってカエデは腕を引っ張り階段を上る。そして4階へ向かう階段の踊り場で、やっと彼女を放した。
「サトシってば!? もぉ何なの!?」
「俺? あの時オマエに助けて頂いた小3男子ですが、何か?」
「………」
サトシは不敵な笑みを浮かべた。
「…なぁカエデ、今日からオマエは俺の『偽彼女』になれや。『番犬』として卒業までオマエのこと守ってやるから。俺もキャーキャー騒がれなくて済むし、お互いにメリットあるだろ?」
「はっ!?」
カエデは驚きのあまり次の言葉に詰まってしまった。
「『契約』終了条件は学校卒業か、リュウヘイがオマエの気持ちに応えるかのどちらかだ」
「………」
「だからあのバカには、ちゃんと種明かしをしておけ。下手に遠慮されたら面倒だしな…」
「いやいやいやいや…気持ちは有難いけど、さすがにこれはやりすぎだよね? サトシのプライベート犠牲にしてどうすんのよ!!」
少しだけ落ちついたカエデはサトシの正面に向き直り、彼の目を真っ直ぐに見つめた。
「うるせーな!! ごちゃごちゃ言ってんじゃねーよ。好きなオンナの苦痛が1分でも1秒でも短くなるなら、俺は労力の『コスパ』なんか無視して何でもやるね。ダメならすぐに別の方法を考える!!ただそれだけのことだよ!!!!」
「えっ…、サトシ…今、何て?」
カエデの言葉で我に返ったサトシ。もう完全に手遅れだ。
(…しまった)
サトシは思いきり舌打ちをすると、苦々しい表情をカエデに向けて思いきり言い放った。
「はいはいそうだよ。俺は小3の時からオマエのことが好きですが、それが何か?」
〈16〉に続きます↓