【連載小説】ライトブルー・バード<18>sideカエデ⑤
↓前回までのお話です↓
そして登場人物の紹介はコチラ↓
まあ恋心相関図はこんな感じです↓
クラスの女子たちから弾かれ、ひとりぼっちでお弁当を食べていた昼休みの時間。あの時に山田カエデを苦しめていたものは、寂しさでも惨めさでもなく、母親に対して『申し訳ない』…という懺悔に似た気持ちだった。
娘の為に毎朝早起きをして、お弁当を作ってくれる母。彩り豊かで栄養も考えられているおかずは、どれもカエデの好きなものばかりだ。
しかし、肝心の娘は誰とも会話することなく、弁当箱の中身をただただ口の中へと運んでいただけ…。哀しさが味覚を妨害し、味など全く感じていなかった。
この事実を知ったら、母は何を思うだろう…。
だから、カエデは優しい嘘をつくことを選んだ。
「ただいま、お母さん。お弁当美味しかったよ」
「サトシ…あのね、一緒にお弁当食べない?」
「へっ?」
カエデが井原サトシの『偽』彼女になってから数日が過ぎた。廊下を歩いていると「ほら、あの子…」と囁かれることにもだいぶ慣れてきている。
イケメン男子と付き合えば、嫉妬心によって新たなイジメが始まる可能性だってあったハズだ。しかしサトシの『番犬力』は想像以上で、今のところ、誰からも嫌がらせを受けていない。
そう…、カエデへのイジメはパッタリとなくなった。それなのに心が穏やかになれない自分がいる。
「急にどうしたんだ? カエデ」
サトシが驚くのも無理はない。前に「私は『偽』彼女だし、必要以上にベタベタはしないからね」と言っていたからだ。
「うん、実はね…」
心配そうな表情をするサトシは、カエデの言葉を遮り、「オマエ…、弁当まだ一人で食ってんのか?」と聞いた。
「いやいや、むしろ今は一人で食べる方がいいんだよね。まだ心の中の整理が出来ていないから…。でもね、自分のクラスでお弁当広げていると、色んな子から『一緒に食べよう』とか『こっちに来なよ』って言われて、そのぉ、落ち着かないの…」
「ああ、なるほどね。ゲンキンなヤロー共だな」
サトシは苦笑いをする。
全員を恨んでいるワケではないが、サトシの(偽)彼女だと知った途端、手のひらを返すような態度を取るクラスの女子たちに、どのように対処すればいいのか分からない。
更にイジメの『主犯格』側であったミサとアサミが、板倉ナナエに全ての罪を押し付けて、カエデにすり寄ってきた時には、呆れてモノが言えなかった。
イジメられている最中は、緊張の糸が心のあらゆる場所に張り巡らされていたので、彼女たちへの不信感と向き合う時間はなかった。しかし糸が全部切れ、落ち着きを取り戻した今…、この負の感情が心の隅に残っていることに気がついてしまった…というワケなのだ。
「女子が学校で上手くやり過ごす為に必要なモノって、『リセット力』なんだよね」
「『リセット力』?」
「イジメた方も、イジメられた方も何事もなかったかのように振る舞えるスキル。学校生活にはゴールがあるんだから、本当は割りきった方がいいんだろうけど、今の私には…まだ無理かな」
「別に今すぐ許す必要ねーんじゃね? 時間かけて、本当に反省しているヤツだけ受け入れればいーんだし」
「そうなんだよね。…で、いっそ『彼氏』のところに行けば、さすがに誰も声を掛けないだろう…と思って来ちゃったんだ。サトシ、前言撤回してごめんね。勿論、他に約束があるなら無理はしないで」
「いや、俺は別にいーけどさ、今日だけは無理なんだ。実はこのあと現部長と一緒に顧問に呼ばれてんだよ。あの先生、話長いから、俺の昼休みは無くなると思う」
「そうなんだ。忙しいのに呼び止めてごめん。私なら大丈夫。自分で何とかするから」
「悪いな」
その直後、カエデの両肩に誰かの手が置かれた。
「話は聞いたよ~ん」
驚いて振り向くカエデ。そこにいたのは知らない女子だ。
「おう、平塚!」
サトシに『平塚』と呼ばれた少女は、カエデの前に立ち、「山田さん、はじめまして!!」と人懐っこい笑顔を見せた。
「カエデ…、コイツは同じクラスの平塚メイ」
「あ、はじめまして。私は山田カ…」
「山田さんは自己紹介の必要ないよ。もう有名人だもの。井原、山田さんはウチのグループが預かるよ」
「平塚のグループが?」
サトシは眉間にシワを寄せて、複雑なそうな感情を表に出す。
「何? 井原、私のグループじゃ、大切な彼女を任せられないワケ?」
「い、いや…そうじゃなくて…。あーっっっ!! もうわかった。平塚、カエデを頼む。カエデ、平塚の性格の良さは俺が保証するから、今日はコイツらとメシを食え。じゃ、俺はもう時間だから行くぞ」
そう言い残すと、サトシは廊下の人混みへと消えていった。メイと2人になってしまったカエデは緊張した表情で「あっ…お願いします」と彼女に伝える。
「固い固い。山田さん固いよ。アウェイだから最初は緊張するかもしれないけど、みんな優しいから」
「ありがとう」
「それにしても大変だったね」
メイが優しい眼差しを向けた。『大変』という言葉が指してしるのは、クラスの女子たちから受けたイジメに対してのことだろう。
「う、うん。でも、もう…大丈夫。たった1週間の出来事だったし…」
本当は大丈夫ではないのだが、初対面のメイに辛かった気持ちを吐き出せるワケがない。
「1週間だろうが、1日だろうが、辛くて大変だったことに変わりはないよ」
「………えっ?」
「さあ、ウチらの教室へお入り!!」
メイはカエデの背後に回りこむと、そのまま背中をひょいっと押して、3組の教室へと入れる。
「………」
何故メイがサトシから信頼されているのか…、それが何となく分かったカエデだった。
「みんなぁ!! 山田カエデさんが飛び入り参加だよ。仲良くしてね!!」
テンションが高いメイの紹介対し、他のメンバーも「おぉ!!」とテンションの高い反応を見せる。
「山田さん、ここに座りなよ」
「ありがとう」
「へぇ~、井原の好みは『美人』よりも『可愛い』系だったんだね」
隣の席になった女子がカエデの顔をまじまじと見つめる。
「あっ…、いやぁ」
「…で、どっちから告白したの?」
「い、一応…向こうからかな」
キャー!! と盛り上がる周囲。
「井原のヤツ、普段クールなクセして、どんな顔して告ったんだろっ!? 山田さんだけが井原のレアバージョンを知ってるんだね!!」
(いやいや、いつもの『しかめっ面』でしたが…。舌打ちもされたし)
カエデは笑ってごまかした。
「ところで、ウチの『美人』は?」
「マナカなら、また男子に呼び出されてる。今度は1年」
「いやぁ、モテるねぇ」
(『マナカ』!?)
カエデの心臓がドキンと跳ね上がった。メイからの誘いに対し、サトシが複雑な表情をした理由はこれだったのか…と。
だって今泉マナカは『自分の本当に好きな人の好きな人』なのだから…。
「山田さんは知ってるよね? 今泉マナカ」
メイの質問にカエデは首を縦に振った。それを確認した彼女は話を続ける。
「マナカって井原と仲がいいから、本人たちが否定しても誤解しているヤツが結構いたんだよね。でも山田さんが本当の彼女だって分かったから、井原に遠慮していた男子が『よっしゃぁ!!』って感じで…」
「へぇ~、そうなんだ」
(…私も『本当の』彼女じゃないんだけどね)
マナカは綺麗な容姿の持ち主だ。以前から目をつけていた男子がいても不思議ではないだろう。
リュウヘイは、何がきっかけで彼女のことを好きになったのだろうか…?
「ハッキリ言って、マナカにはありがた迷惑だよね?」
別の女子が苦笑いした。
「ホントホント…。一途に大学生を想っているマナカが、『美人だから』っていう理由で告白する男子なんか相手にしないってwwww」
(えっ!?)
先ほどよりも鼓動の振り幅が大きくなったので、自分の動揺が顔に出たかも…と、カエデは一瞬焦る。
(今泉さん、誰かに片思いしているんだ)
サトシからは何も聞いていなかった。
マナカも…
リュウヘイも…
そして自分も…
それぞれが誰かに想われながら、違う誰かを見ている。
(リュウヘイは…知っているのかな?)
周りに気が付かれないように、大好きな幼なじみのことを考えていると、マナカが教室に入ってくるのが見えた。
「おかえりマナカ」
「メイちゃん、ただいま」
下がり気味の眉が、マナカの気疲れをしっかりと物語っていた。しかしカエデの存在に気がつくと、笑顔で会釈をする。
「マナカ、今日は井原が多忙だから、ウチらが山田さん預かったよ」
「あ、こんにちは今泉さん、えっ~と、お邪魔してマス」
カエデも頭をちょこんと下げた。(やっぱり綺麗な女の子だな…)と心の中で思いながら…。
「マナカ、告白ちゃんと断れた?」
「うん、何とか分かってくれた」
「美人は大変だね。私は美人じゃなくて良かったよぉ」
笑いを取るメイ。そしてマナカは曖昧な笑みを返し、保冷バックからお弁当を取り出した。
「…山田さんとマナカは接点あったっけ?」
「うん、前に井原くんと2人でバイト先に来てくれたよ。ね? 山田さん」
「うん」
あの時は、マナカが『リュウヘイの好きな人』だとは気がついていなかったっけ…。
そして、それぞれ気持ちが分かり、様々な事情が重なったことで、カエデは今、彼女と一緒にお弁当を食べている。何とも不思議な気分だ。
目の前の美少女は、いわゆる『恋敵』なのだが、カエデは何故かこの言葉に違和感を覚えてしまう。
(何でだろう?)
「山田さん」
マナカのことを考えている最中に、本人から声を掛けられたものだから、思わずビクッとしてしまった。
「えっ?」
「山田さんのお弁当、凄く美味しそうだね」
「……あ、ありがとう」
「うん、私もそう思ってた。お母さん? それとも自分で作っているの?」
「お母さんだよ。私はまだ下手だし…」
このあともメイとマナカがさりげなく話題を振り、アウェイにも関わらず、カエデは楽しい時間を過ごすことが出来た。
こんな感覚は久しぶりだ。よくよく考えてみれば、自分はイジメが始まる前から、ナナエの顔色をいつも伺っていて、心からお弁当を楽しめる状況ではなかったのだから…。
(あ、このハンバーグ美味しい💕)
カエデが自分の教室へ戻ろうとした時、マナカに「私、そっちに用事があるから、一緒に行こう」と言われ、2人は連れ立って2年3組の教室をあとにした。
「メイちゃんってね…」
「うん?」
「中学時代の3年間、ずっとイジメに遭っていたんだって。だから山田さんのことを放っておけなかったんだと思う。そういうことだから、何かあったら遠慮しないで3組に来てね」
「そうなんだ」
あの明るいメイが…、とカエデは驚いたが、どんな人間でも、属する集団次第でイジメに遭う可能性はゼロではない。
「私も…だけどね」
「今泉さんも!?」
「うん、部活でね…。結局引退までずっと続いたよ」
カラオケへの誘いを、『校則違反』だからと断ったことで始まったマナカへのイジメ。それを聞いたカエデは苦々しい顔をした。
「今泉さん…、もしも、その子たちとどこかで会って、向こうが普通に話しかけてきたらどうする? 許せる?」
「う~ん、私にとってあの子たちは、もう『許すか許さないか』をジャッジする必要のない人間だと思っているからなぁ」
「結構言うね」
カエデは笑いながら肩をすくめた。
「ただ、一瞬でも萎縮はしないで、毅然とした態度は取りたい。だって私のあの時の判断は間違っていないと思うから。かなり頑固なんだ…私」
「頑固じゃないよ。カッコいいよ今泉さん」
思えば自分へのイジメは、マナカの悪口を拒否したことが始まりだった。
改めて思う。
悪口を言わないで良かった。
例え本人の耳に入らなくても、言ってしまったことは自分自身がよく分かっているし、なかったことにも出来ない。
そして、女子同士での『リセット力』が未熟な自分は、悪口を言ってしまった相手にこんなことが言えるワケがない。
「ねぇ今泉さん、『マナカちゃん』って呼んでいい?」
困ったことに、マナカと話せば話すほど、彼女への好感度が上がってしまっている。
「うん、勿論いいよ。よろしくねカエデちゃん」
「ありがとう」
今日、帰宅したら、早速母にお弁当の感想を伝えよう。勿論「友達が『美味しそう』って言っていたよ」ということも忘れずに…。
次の日の朝
カエデは体育館の横で朝練から戻るサトシと遭遇した。
「おはようサトシ。お疲れさま」
「オッス。なあ、今日の昼休みはどーすんの? 俺空いてるけど…」
「ありがとうサトシ。でも私、今日も3組に行って、マナカちゃんやメイちゃんたちと食べるつもり…」
マナカたちを名前呼びしたことに気がついたサトシは、嬉しそうに「おっ?」と呟くと「あらら、それは残念…」と言葉を続けた。勿論、ちっとも残念がっていないのは一目瞭然だ。
「良かったな、カエデ」
「うん、サトシのおかげ。じゃあ、またね」
カエデは手を振り、そのまま昇降口へと向かった。
今日のお弁当には、母特製の唐揚げが入っている。昨日の夜からしっかりと味付けされたものだ。
昼休みが楽しみなんて、いつ以来のことだろう…。
スピンオフ&〈19〉に続きます。
♥️このsideのスピンオフを連続投稿しました↓もし、お時間があれば(⌒‐⌒)