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【小説】ワカレミチ2/2(『社員戦隊ホウセキV』スピンオフ)小浦早苗の場合

   《はじめに》

🌟このストーリーは、女王まりか様による連載小説『社員戦隊ホウセキV』のスピンオフ後半です。

『社員戦隊ホウセキV』はコチラ↓

 そして『ワカレミチ1/2』はコチラ↓

     《0》

【呪詛希望】の一般人たちをネットで集め、何かを画策しているニクシムたち。『呪い殺したい相手がいる』と、呼び掛けに反応した人間は10人。しかし、当日に指定された場所へと集まったのは、半分以下の4人だった。

 ドタキャンをした6人の理由は『やっぱ怪しい宗教じゃね?』『集合時間が早過ぎて寝坊した』など様々……。

 そんな中、特殊な事情で当日に姿を現さなかった女性が2人いた。1人目は主婦の稲葉慶子(45)、もう1人は会社員の小浦早苗(22)である。

 
     《1》


「あれっ? 瀬谷ン所の子供はいつ生まれるんだっけ?」

「11月ですよ。あと6ヶ月後には俺も父親です」

 まだ昼休みの余韻が残るオフィスに、瀬谷わたるの嬉しそうな声が聞こえてくる。

「係長の所は確か女の子でしたよね?」

「そう。今、6歳」

「どちらかといえば俺も女の子が欲しいんですよ。だって自分の娘から『パパ大好き』なんて言われたら、仕事頑張れそうじゃないですか!」

「今は、丁度そんな感じだな。でもあと10年もしたら、反抗期に突入して、逆とのことを言われる覚悟はしているぞ」

「係長ぉ、そんな寂しいこと言わないで下さいよぉ。俺はそうならないように、愛情を注ぎながらもカッコいいパパを目指して、外見磨きも怠らないつもりです」

「おいおい、まだ性別判ってないんだろ」

「あ、そうでしたwww」

「ま、オマエはイケメンだから、そんなに努力しなくても『カッコいいパパ』にはなれるだろうな。だけど瀬谷、もしも女の子が生まれたら、『いつか彼氏が出来て、そのうち嫁に行ってしまうかも』ってコトを頭の片隅に置いておけよ。オマエみたいなヤツは特に」

「いやいや、俺は娘とずっと一緒に暮らします……ってのは冗談ですが、誠実な男かどうかは、しっかりと見極めるつもりですよ」

「だから瀬谷、まだ女の子って決まったワケじゃないだろって! 本当に気が早いなwww」

「すいませんwww  これがマタニティハイって言うんですかねwww」

 小浦早苗の背後から2人の笑い声が響く。

「………………」

 彼らのテンションが上がれば上がるほど、自分の体温が下がるような感覚に陥った。

 (落ち着け……落ち着けワタシ)

 無意識に自分の手を首元に移動させ、親指と人差し指でその肉を思い切りつねる。いつの間にか癖に変わってしまったこの行為は、自分を落ち着かせる為の『儀式』のようなものだ。

 指先がネックレスに触れる。早苗はチェーンを巻きこみながら、更に強い力を入れた。


     《2》


「瀬谷さん!!」

 早苗は資料室に入る瀬谷を追いかけて、自分も室内に入った。

「何? 小浦サン」

 瀬谷は露骨に迷惑そうな視線を向ける。

「………………」

 『俺たちの関係がバレたらヤバいから、会社では名字呼びにしよう』という提案を未だに守っている自分が情けない。

 どうして、こんな『顔だけ男』に引っかかってしまったのだろう。

 瀬谷のことを、生まれて初めて出来た彼氏だと思っていた。浮かれていた時期もあった。しかし2年近く一緒にいた相手にとって、早苗はただの『キープ』だった。

 いや、『キープ』ならまだマシかもしれない。それなりに愛情があってキープをしている可能性もゼロではないから……。

 自分がただの『穴埋めポジション』だと知ったのは、瀬谷からの唐突な宣告だった。

「カノジョに子供が出来たから結婚するわ。と、いうことで早苗との関係は、これにて終了!」

 早苗に向かって、なんの躊躇いもなく『カノジョ』と言った瀬谷。あの時の自分は、言葉を『音』として認識したものの、脳が意味を理解することを拒否していた。

 今となっては、この男になんの未練もない。

 1つのことを除いては……

「小浦サン、『何?』って聞いているんだけど? こんなところ、他のヤツに見られたらどーすんの?」

 瀬谷の瞳の色がどんどん冷たくなる。早苗はいつものように首元をつねり、呼吸を整えながら言葉を発した。

「お金を……私が貸したお金を返して下さい」

 こっちだって、会社でわざわざ瀬谷をつかまえてこんなことを言いたくなんかない。しかし電話にもLINEにも応答しない相手に対し、他にどんな方法を取れというのだ!

「へっ?」

 目を丸くする瀬谷。その神経の図太さに、早苗は呆れた。

 瀬谷は以前、自損事故を起こし、『たまたま』金欠病だったことから、早苗が修理代を立て替えていた。しかしボーナスで数万円が返されただけで、その後の返済は滞っている。更に車検の時期がやってきたことで、早苗は貯金を下ろし、再び彼にまとまった金額の現金を渡しているのだ。

「とぼけないで下さい! まさかと思いますが、私を捨てたからって、借金まで捨てることが出来ると思っていたんですか!?」

「いやいや……っていうかさ、俺から『金貸して?』頼んでたっけ? あれはキミが『勝手に』貸したんだよね?」

「屁理屈を言わないで!」

 記憶を辿ってみると、瀬谷は確かに『貸して』とは言っていない。心底困っていた彼の姿を見て、『貸そうか?』と言ったのは自分の方だ。しかし、自発的だろうが何だろうが、早苗は『あげる』ではなく『貸す』と言ったのだから、返さなければ、これは立派な『借金踏み倒し案件』になる。

 それでも瀬谷は平然としていた。

「ねぇ、出産のご祝儀だと思って、見逃してくれない?」

「どこまで私をバカにすれば気が済むんですか!!」

 早苗の怒りが頂点に達する。

「冗談冗談www」

「みんなにバラしますよ。あなたが二股をかけていたこと。そして捨てた方の女から、大金を借りていること……」

 早苗は再び首元をつねりながら、振り絞った声を出す。

 しかし瀬谷は平常心のままだ。

「……早苗にそんなこと出来るの?」

「………………」

「出来ないでしょ? 早苗はみんなの前で、ギャーギャーわめくような女じゃないもんな」

「……………」

「それにさ、ひと悶着起こしたら、早苗も会社に居づらくなるんじゃないかな? 何の取り柄もない高卒の女の子が転職活動したら、絶対にイバラの道だと思うよ?」

「………………」

 図星だった。引っ込み思案の早苗は、昔から注目を浴びるのが苦手だ。今回の件で100%の非があるのは瀬谷の方だが、自分も好奇な目で見られるのは間違いない。

 転職に関してもそう……。何もかも『普通』レベルの自分には、これといったアピールポイントなど皆無だ。今と同じ待遇で新しい事務職を見つけるのは絶対に無理だと思う。

 悔しい!!

「まあまあ、金はそのうち返すよ。そ・の・う・ち・ね。そういうことで、バイバイ小浦サン」

 ファイルを手に取った瀬谷は、早苗の横を通り過ぎ、そのまま一人で資料室を後にした。

「………………」

 悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい……。

 瀬谷に対しては勿論だが、何の太刀打ちも出来なかった自分への怒りが暴走して止まらない。

 ひとしずくの涙が、早苗の頬を伝った。

     《3》


「100万!? 100万も貸してたの!? あのクズ野郎に!?」

 ジョッキを持った友人の美弥が、ビールを吹き出しそうになる。

「…………94万円だよ」

「ほぼ100万円でしょうが?……でも瀬谷も瀬谷だけど、早苗も早苗だよ。なんで借金完済していないヤツに、またお金を貸すの!?」

「………………」

 そんなこと言われなくても分かっている。

『瀬谷に宣言した通り、オフィスでギャーギャ騒いじゃえば? アイツ絶対にビックリするよね? そういえばウチの部署にはいたよ。三角関係でもつれた女が、同僚たちの前で派手にやってくれた」

「噂は聞いてる。専務の姪っ子さんとお見合いしたのが、カノジョにバレたんだよね?」

「そうそう。で、カノジョの存在を隠してお見合いした男は左遷。女の方はスッキリした顔で自主退職していった」

「……ある意味ウラヤマシイ」

「早苗、羨ましがっている暇があれば、なんらかのアクション起こしてみなよ? 『瀬谷のことを見返してやる!』って気持ちでさ……。会社で騒ぎ立てるのは、早苗には無理だろうから、せめて資格の勉強とかしてステップアップしてみたら? ヤツに最終学歴バカにされたことも悔しいんでしょ? 早苗の人生だよ? ウジウジしていたって、何も始まらないんだから」

「……………」

 そんなこと出来るなら、とっくの昔にやっている。

 美弥に話したのは、やはり間違いだった……と、早苗は完全に後悔した。

 彼女の明るくハッキリとした性格は長所だとは思うし、言っていることも間違ってはいないのだが、今は傷口に塗った塩ような役割しか果たしていない。

 しかしながら、狭い交遊関係の中で、プライベートな愚痴を言える相手を探し出そうとすると、あらゆる候補が消去され、最終的には美弥しか残っていないのだ。

 熱弁を奮った美弥が急に立ち上がる。

「トイレ言ってくるね」

「あ、うん」

 居酒屋のカウンターに一人残された早苗は、レモンサワーの入ったグラスを空にした。

 (どうせ私はウジウジ系の陰キャですよ)

 一人でいるとおかしくなりそうだったので、美弥を夜の街に誘ったのだが、却ってイライラが増してしまったようだ。

 (今日はもう解散しよう)

 そんなことを考えていた早苗の耳に、聞きなれない単語が女性の声で飛び込んできた。

「えっ?『呪詛』? それって、昼休憩の時に見たあのサイトだよね?」

「そうそう、申し込んじゃった」

 こんな話をしているのは、早苗と同年代っぽい女性2人組だ。自分が座っている席から少々離れてはいるが、間が空席なので会話がはっきりと聞こえている。

 2人組の会話は続く。

「あんな怪しいサイト、絶対に裏があるよ。変な宗教団体がバックにいて、後で何か要求されるんじゃないの?」

「確認したよ。『完全無料』だって❤️」

「いやいやいやいや、あんた『タダほど高いものはない』って言葉知ってる!?」

「だってぇ、あのお局、最高にムカつくんだもん。残業断ったら、めちゃくちゃ怒るんだよ。おかげでデートに遅れて彼氏がカンカン」

「聞いていい? その業務って、あんたが〆切当日までずっと放置していてた資料作成のことだよね?」

「そうだよ」

「会社が残業代出してくれるだけ、有り難いと思わなかった?」

「えっ? なんでアンタまでお局の肩をもつのよぉ!? 〆切当日になっちゃったのは、お局が進行具合をチェックしていなかったせいだからね!!」

 (………………)

 とんだ『逆恨み案件』だ。まるで『お母さんがランドセルを確認してくれなかったから忘れ物をした』と怒っている小学生の思考。まともな感覚を持っている女友達の存在が、せめてもの救いだろう。

 こんな自己チュー女は呪詛をする資格すらないと思う。

 (呪詛を……する資格?)

 自分の思考に自分がハッとする。

 同時に昼間の出来事と、瀬谷の憎たらしい顔が脳裏に浮かんだ。

 私なら
 
 資格はある。

 そう、私ならある!!

 私なら……

 私なら……

「………………」

 無意識に手を首へと移動させる早苗。肉をつまむ指先に、自分史上最高の力が加わった。

     《4》


 『体調が悪くなった』と嘘をついて、女子会を急遽解散させた早苗は、アパートの鍵を開けるやいなや、玄関に座り込んでスマホを開く。

 店にいた女子2人組の会話を思い出しながら、手探り状態で検索ワードを何度も入力した。

「………………これかも」

 中央に釘が刺さっている藁人形のイラストと、したたる血で書かれたような『呪』の文字。

「………………」

 トップページにはこんなことが書かれていた。

 あなたには殺したいほど憎い相手がいますか? もしも法律が邪魔をしないのあれば、その気持ちを実行に移す勇気をお持ちですか?


「………………ビンゴ」

 文章を読み進めながら、早苗は呟く。


 あなたは呪詛の力を信じますか? 1000年前、呪詛は死で償わなければならないほどの大罪でした。しかし現在いまはどうでしょう? 科学や技術、そして人々の思考が呪詛の力と社会を分断したことで、その罪は消滅してしまったのです。


「…………『お分かりですか? つまり、あたたは人を殺しても、罪には問われないということなのです』」

 いつの間にか、早苗は文章を声に変えていた。

 そして流されるように、参加申込みページへと移動する。

「………完了」

 必要事項を入力し、送信を終えた早苗は、天井を見上げながら乾いた声で笑った。

      
     《5》


 その日はあっという間に訪れた。『呪詛決行日』である6月4日が……。

 目的地までの距離が遠い上に、集合時間は朝の7時。近くにホテルを取って、前日に移動することも考えたが、調べてみたところ、朝6時発の特急に乗れば間に合うことが分かった。日々の節約を心掛けている早苗が選んだのは、もちろん『当日入り』だ。

 会社には『家族が急病で実家に帰る』と嘘をついた。この『ズル休みをしたい時に使うベタな理由』を上司が何も疑わずに受け入れたのは、4年間積み上げた早苗の真面目な勤務態度だろう。

 清々しい空気が漂う朝。早苗はアパートを出て、駅までの道を歩いた。

 あの男は今頃、スヤスヤと眠っているのだろうか。『何も出来ないヤツ』と軽んじていた女に呪われ、永遠に眠るなんて夢にも思わずに……。

「……………」

 最初に狙いを定めていたのは、瀬谷本人ではなく、まだ生まれていない彼の子供だった。同じ空間に早苗がいたにも関わらず、会社で幸せ自慢をしていた無神経な男にはピッタリの復讐方法だろう。

 しかし生まれてくる命には何の罪もない。

 彼の妻だってそうだ。瀬谷の悪行について何も知らないのであれば、彼女も被害者のようなもの。父親や夫を奪うことに関してだけは申し訳ないと思う。

 しかし幸せだと思っている自分たちの陰で、時間も身体もお金も尊厳も奪われた女が存在しているのは紛れもない事実なのだ。

 なぜ私だけが泣き寝入りしなければいけない!? 

 瀬谷よ!! 

 お前なんか、残されたわずかな時間を使って、来ることがない幸せを布団の中で噛みしめていればいい!!

「………………私はお前を呪う資格のある女だ」
 
 自分に言い聞かせるように呟き、早朝の空を見上げた早苗。そして一呼吸置いた後、彼女は歩くスピードを速めた。

 
 自宅アパートから駅までの所要時間は約10分。既に数人の先客たちがホームで順番を確保し、電車の到着を待っていた。   

 仕事や旅行で特急を利用する彼らの中で、呪詛を行う為に乗車しようとしている自分は、完全に異分子だ。

「………………」

 特急には特別感があると思う。旅行くらいでしか利用しない自分にとって、それは非日常感が詰まったワクワクする乗り物だ。

 しかし、今日からはここに『黒い思い出』が上書きされてしまう。もちろん覚悟はしているが……。

「…………」

 電車の到着まであと7分。

 心臓がドキドキしてきた早苗は、気持ちを落ち着かせる為に、いつもの『儀式』を始めた。

「えっ?」

 首に手を持っていった瞬間、ありえない違和感に気がつく。

「……えっ? えっ!?」

 身に付けていたはずだったネックレスが首から消えていたのだ!!

「噓でしょ!!??」

 思わず声を上げる早苗。周りの人々が驚いた表情で彼女に目を向けたのは、当然の反応だろう。

「どうして? どうしよう!?」

 パニックになった早苗は、そんな視線など気にも留めず、自分の首を触りまくり、何度も何度も確認をし
た。

「…………ない」

 今度は視力の力を借りて、狂ったように周辺を見回す。人がまばら・・・なのが、せめてもの救い。しかしネックレスはどこにも見当たらなかった。

「…………オバアチャン」

 そう……落としてしまったネックレスは、今は亡き祖母から18歳の誕生日に送られたものだった。宝石をセンス良くあしらったデザインは、早苗のお気に入りで、入浴時以外はいつも身に付けている。

「おばあちゃん……どうしよう」

 早苗の目から涙が溢れてきた。これでは視界がぼやけて、更に見つけづらくなってしまうではないか!!

「助けて、おばあちゃん」

 早苗の祖母はアクティブな女性で、彼女にとって『自慢のおばあちゃん』だった。行動力やファッションは、とても70代後半とは思えず、いい意味で『ぶっ飛んでいた』と早苗は今でも思っている。
 
 小さな頃、自分の引っ込み思案に悩んでいた早苗は、『私、おばあちゃんみたいになりたかったな』と祖母に向かって言ったことがある。

 その時の返答を彼女は今でも覚えている。

「早苗は早苗でいいの。早苗だからいいの」

「…………おばあちゃん」

 あのネックレスは大切な宝物……。アパートから駅までの道を引き返しながら探せば、まだ間に合うかもしれない。

 しかし電車が到着するまでの時間は、既に2分をきっていた。

「……どうすれば」

 引き返しても見つからない可能性だってある。ならば、このまま電車に乗ってしまい、当初の予定だけでも遂行した方が……と考えてしまう自分がいた。

 その場合、ネックレスは完全に諦めるしかないだろう。

どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?

「おばあちゃん…………」

 新たなアナウンスと共に、ミニチュアのような電車が向こうからやって来るのが見えてきた。

 しかしホームには早苗の姿はない。

 彼女は既に駅の階段を上りながら、周りをくまなく探していたのだ。

 そのまま道を逆走し、やがて改札も通過。そして駅を飛び出したのは、乗車予定だった特急が発車音を鳴らしたタイミングとほぼ同時だった。

     《6》


「……………あった」

 アスファルトに落ちていたのは、探し求めていたネックレス。

 見つかった安心感と、このまま誰かに持ち去られていたら……という恐怖感によって、早苗はその場にへなへなと崩れ落ちた。

 そしておそるおそるネックレスを手に取る。チェーンが切れていたが、幸い他に目立った損傷はない。

「良かった」

「早苗……」

 その時、急に記憶の蓋が開き、早苗の脳裏に祖母から聞いた言葉がよみがえった。

「……もしも出かける時に、いつもの所にあるハズの鍵や靴がなくなっていたら、あなたを守っている不思議な力が『行かないで』って言っているの。その時は一度立ち止まって、よく考えるんだよ」

 (おばあちゃんが……止めてくれた?)

 再び涙が溢れ出す。

「ごめんなさい。ごめんなさい、おばあちゃん」

 早朝の歩道に座り込んで涙を流している女性の姿は、誰が見ても異様に映る光景でしかないだろう。
 幸いなことに人通りは全くなかったが、これは早朝とはいえ、大変珍しい現象だ。

「おばあちゃん……ありがとう」

 人が罪を犯さないのは、法律や罰が怖いからではない。自分が自分を見ているから。

 そして

 大切な人を悲しませたくはないから。

「おばあちゃんっ!!」

 ネックレスを抱き締めながら号泣した早苗の周りを、温かい空気がフワッと包みこむ。それはまるで誰かに抱き締められてるような懐かしい感触だった。


     《7》


「えっ? 美弥!?」

 その夜、早苗のアパートにレジ袋を持った美弥が訪ねてきた。

「早苗、ちょっといいかな?」

「う、うん」

「今日、早苗の部署に行ったら、姿が見えなかったから心配になって……誰かに理由を聞こうにも、みんなバタバタしていてさ……なら、いっそアポ無しで押しかけよう……って思っちゃったの」

 レジ袋の中には、レトルトのお粥やイオン飲料がたくさん詰まっている。

「あっ……そうなんだ。実はね『家族が急病で実家に行く……』」

「えっ!? そんな大変なことだったの!?」

「違う違う。『……実家に行く』って噓ついた」

 早苗は頭を掻く。

「『噓』?」

「そう『噓』」

「『噓』かぁ」

「『噓』だよ」

「良かった『噓』で」

 2人は顔を見合わせて笑う。

「美弥、散らかっているけど、上がって」


 お粥とイオン飲料では夕食にならなかったので、早苗は『来てくれたお礼に……』と、宅配ピザを注文した。

 そして家にあったワインで乾杯をする。

「早苗、この間は居酒屋でごめんね」

「えっ?」

「上から目線の意見ばっかり言ってさ。振り返ってみたら、自分が恥ずかしくなった。少なくとも、友達が弱っている時に言っていい言葉ではなかった……って」

「……美弥」

 こんな一面があるから、自分は美弥と友達でいられるんだよな……と早苗は改めて思った。それに、あの時は凹んだけれど、耳が痛い意見を言う友達は、やはり大切な存在だ。

 そんな美弥はワインを飲み干すと、急に声のボリュームを上げた。

「瀬谷渉なんか思いっきり不幸になっちまえ!!」

「えっ?」

「言葉くらい別にいいじゃん。早苗もスッキリさせようよ」

「そうだね。じゃあいくよ! 瀬谷渉のバカヤロー! お前なんか金欠になって、会社のお金を使い込んで見つかればいいんだ!」

「そうだそうだ! そして会社をクビになれ!」

「奥さんにも愛想尽かされろ!」

「そうだそうだ!!」
 
 2人の爆笑は暫く続く。数年後にこの言葉たちが全て現実になるとも知らずに……。

「あー、スッキリした」

「ねぇ早苗、今度2人でネズミーランドに行かない? せっかくだから一泊しようよ? 次の日は東京観光なんてどぉ?」

「ネズミーランド!?」

「うん、恋人と行くより、女友達と行く方が楽しいって」

「…………そうか、うんっ!! 確かに!!」

「何かワクワクしてきたでしょ?」

 そう言って美弥が早苗のグラスにワインを注ぐ。

「うんうん…………あ、そうだ!」

 急に何かを思い出した早苗は、テレビ下の引き出しから、小さな紙バックを取り出す。

「何?」

「どうせ、東京方面に行くなら、ネックレスを修理してもらおうって思ったの。このネックレス、おばあちゃんが東京で買ったらしいんだけど、チェーンが切れちゃって……。修理はやっぱり購入したお店の方がいいよね」

「うん、私もそう思う」

「ありがとう。じゃあ2日目に付き合ってね。え~っと、購入店、購入店は?……あっ、あった!!」

 《宝石のお手入れ方法》などが載った小冊子の裏表紙に、店舗名と連絡先が書かれたシールが貼られている。早苗は思わず、それを声に出して読んだ。

「えっ~と、東京都詩武屋しぶや区…………へぇ『新杜宝飾』っていうお店か」

  
  ワカレミチ2/2《終わり》

 最後まで読んで頂き、ありがとうございました🙇‍♀️

 ✉️まりかさんへ。早苗のネックレスのデザイン案をお待ちしております😊

 早苗はこの後、宝石に興味を持つ予定ですが、新杜宝飾は中途採用を行っていますかね?😁

  2024.10.25  桂(katsura)

🌟呪詛に手を出してしまった4人末路を知りたい方はこの章から

🌟社員戦隊たちが勤務する『新杜宝飾とは?』と思った方はこの章から


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