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【小説】ワカレミチ1/2(『社員戦隊ホウセキV』スピンオフ)稲葉慶子の事情

   《はじめに》

🌟このストーリーは、女王まりか様による連載小説『社員戦隊ホウセキV』のスピンオフです。

異星・ジュエルランドからもたらされた『5色のイマージュエル』に選ばれた五人の若手社員が、『弱者救済結社ニクシム』の侵攻から、地球を守る為に立ち上った!

📖『社員戦隊ホウセキV』マガジン紹介文より

 テ○朝の戦隊ヒーローモノを思い浮かべて頂いてオッケーですが、「日曜の朝というよりは、23時の放送枠ですね」という個人の感想を、まりか様御本人に伝えております。
 
 それだけエグい描写があったり、敵側の背景が丁寧に描かれていることで、勧善懲悪では済まされない事案があったり……で、いわゆる『大人のヒーロータイム』ではないかと😉 

 コチラを単独で読んでも大丈夫ように書いたつもりですが、この機会に『本家』の作品もいかがでしょうか😉?

それではよろしくお願いします😆



     《0》

【呪詛希望】の一般人たちをネットで集め、何かを画策しているニクシムたち。『呪い殺したい相手がいる』と、呼び掛けに反応した人間は10人。しかし、当日に指定された場所へと集まったのは、半分以下の4人だった。

 ドタキャンをした6人の理由は『やっぱ怪しい宗教じゃね?』『集合時間が早過ぎて寝坊した』など様々……。

 そんな中、特殊な事情で当日に姿を現さなかった女性が2人いた。1人目は主婦の稲葉慶子(45)、もう1人は会社員の小浦早苗(22)である。

 
     《1》


「6月4日は、朝から出かけるから……」

 慶子の言葉に対する夫からの反応は特になかった。新聞を読んでいる最中の彼は、視線すら妻に向けることなく記事を読み進めている。

 気が向いた時だけ返事をする夫のたけると、ほぼ無視される妻の慶子。まるで夫妻喧嘩のような朝の光景は稲葉家の通常モードだ。

「………………」

 もしも『どこに行くの?』と聞かれたら、大学時代の女友達から日帰りバス旅行へ誘われた……と答えるつもりだった。もちろん、友人の名前も行き先もあらかじめ用意してある。

 しかし妻の予定よりも株の動きが気になる夫にとっては、それはどうでもいいことだったらしい。数分後に「友紀恵はお義母さんに預けるの?」という1人娘に関する質問だけを終えると、彼は意識を再び新聞へと向けた。

(…………やっぱりね)

 自分を空気のようにしか扱わない夫のことは既に諦めている。モラハラといえばモラハラだが、経済力のある彼のおかげで、慶子が何不自由ない専業主婦ライフを送れているのは紛れもない事実だ。
 それに、お金の使い道に対して、夫は全く文句を言わない。ならば、冷えきってはいても、この結婚生活を維持した方が、自分と娘の為になるだろう。

 そんなことを再確認しながら、慶子は窓の外を見る。アパートの2階から見えるものは、向かい側のA棟、そして2棟の間に挟まれた住人専用の駐車場だけ……。その中に自分たちが所有する2台の高級車が、まるで場違いのように停められていた。

「パパぁ!」

 その駐車場に1組の親子がやってきた。敷地内を歩く2人が乗ろうとしているのは、一番右端に停めてある白の軽自動車だ。

「ほら、パパぁ! はやくぅ! リホ、ほいくえんにおくれるのはイヤだよ」

 自分の娘に手を引かれながら歩く父親は、愛おしそうな顔で我が子を見ている。

「………………」

 そんな2人を見下ろす慶子に表情はなかった。

 その時だ。

「理穂ぉ! 行ってらっしゃーい」

 突然、A棟2階の窓が開き、若い女性が顔を出した。彼女の名前は鈴本南美。慶子とは10歳ほどの年齢差があるが、お互いの娘は同じ5歳だ。

「あ、ママだ!!」

 理穂は上に向かって、思い切り手を振った。それにつられて父親も同じように手を動かす。無表情だった慶子の口元が一瞬だけ歪んだ。

 アパート北側の窓は、転落防止の為に、外側から格子が取り付けられている。おかげで慶子側から南美の表情はよく見えないが、向こうからは、自分の姿がしっかりと見えているに違いない。

 彼女の夫と娘が車に乗り込むやいなや、必要以上の勢いで窓がピシャリと閉められたのが、その証拠だろう。

「………………」

 遮断された窓をそのまま見つめる慶子。そして部屋の中でいるであろうママ友に向かって、彼女は心の中で思い切り叫んだ。

 (今のうちにイキっていればいい。だってあなたは近いうちに呪い殺されるんだから!!)

     《2》

 
 年齢差を超えて親しくなった慶子と南美。南美が育児休業中だった頃は、毎日のようにお互いの部屋を行き来し、初めての育児に対する不安や喜びを語り合っていた。時には年下の彼女の為に、人生のアドバイスをしてあげた・・・こともあった。

 そう……自分たちは仲良くやっていたのだ。

 しかし南美が仕事復帰したことで、2人の『ママ友時間』はかなり激減してしまう。せめてもの気持ちでLINEをしても未読が続き、時には既読スルーされることもあった。

MINAMI『バタバタして、本当に時間がないんです。ごめんなさい🙇。また今度、時間がある時にでも』

 これが彼女から届いた最後のメッセージだった。

 
 そんなことが続いたある日。

 慶子が別のママ友たちと井戸端会議をしている時に、南美の運転する車が駐車場に入ってきた。彼女がこんな早い時間に帰宅するのは珍しい。

 車から降りた南美は会釈をしながら輪の中に入る。そして「丁度、皆さんがお揃いなので、報告させて頂きます」と言って、もう一度頭を下げた。

 彼女は言葉を続ける。

「私たち再来月に引っ越します。実は○○団地に家を建てている最中なんです。皆さん、今までありがとうございました」

「!!??」

 南美からの唐突すぎる報告は、慶子の脳内に雷を落とし、裏切られたという負の感情を誕生させてしまった。

「南美さん、家を買うなんてやめておきなさいよ! もしもローンを払えなくなったらどうするの!?」

「………………えっ?」

 他のママ友たちが「凄~い」「羨ましい」と言っている中、この発言は『異彩を放つ』というレベルをはるかに超えていた。

 そんな想定外の発言に対し、どんな言葉を返したらいいのか分からず、その場にいた全員の思考が凍ってしまったことに慶子は気づいていない。
 
 慶子の『暴走』は続く。

「南美さんの旦那さんの会社って、そこまで大企業じゃなかったでしょ? 失礼だけど、あなたたち夫婦が2馬力で働いて、やっとうちの夫の収入に追い付くレベルじゃないかしら? いーい? ローンを払えなくなったら家を手放すことになるのよ? 分かる?」

「………………分かりません」

 我に返った南美が反論する。声を荒げてはいないけれど、却ってそれが怒りを際立たせていた。

 南美の表情に殺気のような緊張が加わる。

「私が今『分かりません』と言ったのは、『慶子さんがなぜ他人である私たちに向かって、土足で踏み込んだ発言をしているのか』ということに対してです」

「………………」

「この際ですから言わせてもらいます。私……慶子さんの上から目線的な発言にはずっと我慢していました。でも今回は流石に言い過ぎではないですか?」

「わ、私は南美さんのことを思って……」

 南美は「ご心配なく」と少しだけ語気を強め、慶子を睨んだ。

「……………」

「夫婦で何度も話し合って、しっかりと計画を立てました。もちろん慶子さんの言う通り、ローンを払えず家を手放す可能性だってあるでしょうね。だけど家族が一緒であれば、どんな結果になっても後悔しません」

「………………」

 南美の表情からは、強がっている要素を見つけ出すことはできなかった。

 彼女は本気で家族を思っている。

 もしも自分の家庭が経済的に困窮してしまったら、南美のように『家族が一緒であれば……』なんて言えるだろうか?

 いや、言えるワケがない。だって夫から経済力を取り除いたら、何の魅力も持たないツマラナイ男が完成してしまうから。

「ふ~ん、そうなの。余計なことを言ってゴメンナサイ。まあ、私は海外転勤の可能性があるからマイホームは持てないけど、南美さんはせいぜい頑張ってね」

 強がりのオーラを放っていたのは、おそらく自分の方だったに違いない。

     《3》


 南美だけではなく、他のママ友たちから顰蹙をかってしまった慶子だったが、あの時「海外転勤の可能性があるから家は買えない」と言ったことだけは本当だった。

 これまで、海外支社への辞令が出た上司を何人も見てきた夫の健。妻が何を買おうが文句を言ったことはなかったが、『家を買いたい』という希望だけは反対を貫いてきた。
 
 健の会社が借り上げているアパートは、それなりに小綺麗で、家族3人が住むには充分な広さだったが、慶子の美意識が及第点を出すことはなかった。

 昔から、庭付きの一戸建てに憧れていたのだから……。

 その『憧れ』を南美が掴もうとしている。

 (私に恥をかかせた上に、自分だけが幸せになるなんて許せない!!)

 鈴本家が突然の不幸に襲われて、夢のマイホーム計画が頓挫すればいい。あの時に自分の忠告を無視したことを、思い切り後悔すればいい!!

 何気なくスマホを操作していた時、あるサイトにたどり着いたのは、そんな『黒いこと』ばかり考えていたせいだろうか?

「『呪い』?」

 垂れた血で書かれたその文字は、釘を打ち込まれている藁人形のイラストと共に、トップページを不気味さで彩っている。

「………………」

 慶子は吸い込まれるように画面を見つめた。


     《4》


 慶子が最初に《呪い》の刃を向けたのは、南美ではなく彼女の夫の方だった。

 大切な家族が突然いなくなったら、南美はどんな顔をして悲しむだろう……。それを考えただけで慶子はゾクゾクしてしまう。 

 しかしどんなに泣きべそをかいても、彼女は新しい家で暮らすハズだ。

 家を建てる際に、鈴本家がどんな契約を交わしたかは分からないが、大黒柱が亡くなると、ローンが自動的に免除されると聞いたことがある。

 それでは面白くない。

 ならば対象を南美に変更し、新しい家で1日も暮らすことができなかった無念さを抱きながら、死んでもらった方がいいだろう。

 (最期の顔を見ることができないのは、残念だけどね)

「おかーさん」

「……………」

「おかーさんってば!?」

 友紀恵の声で思考が現実に戻る。

『呪詛決行日』まであと3日だが、慶子は今日、友紀恵と実母を連れて、隣の市まで買い物に来ていた。

「なぁに?」

「これ買って」

 友紀恵は、いつの間にか大きなクマのぬいぐるみを抱きかかえている。

「ダメよ。大きなオモチャは誕生日かクリスマスだけって、約束しているでしょ?」

「……………」

「慶子、せっかく遠出したんだから、今日くらいはいいんじゃないの?」

 実母が横から口を出す。普段の慶子なら「余計なことを言わないで」と言い返すところだが、3日後に友紀恵を預かってもらう手前、険悪な空気はあまり作りたくない。そもそも今日のドライブは、実母のご機嫌を取ることが目的なのだから。

 『どうしようか?』と慶子が悩んでいると、友紀恵は再び「おかーさん」と声を上げた。

「だから何!?」

「あれ、リホちゃんのおとーさんだよね?」

 友紀恵が指差す方向に視線を移動させる。

 (えっ!?)

 5歳の子供が言うことなので、おそらく見間違いだろうと思った慶子。しかし友紀恵が見つけた男性は、間違いなく理穂の父親で南美の夫だった。

 地元から60キロも離れた場所で、ご近所さんに会うなんて驚きだ。

 しかし、もっと驚くべきことがあった。モール内を歩く彼の横に、南美ではない女性がいるではないか!!

「………………」

 既婚男性が妻以外の女性と歩くことだって、時にはあるだろう。仕事の関係者かもしれないし、親戚かもしれない。しかし見る人が見れば、その間柄が適切なのかそうでないのかは、大体の検討がつく。

 例えば2人の服装

 例えば2人の表情

 例えば2人の歩く速さ

 例えば2人の密着度

 そして……

 例えば『想定外の場所で知り合いに出会ってしまった時』に見せる咄嗟の反応!

 慶子の視線が余りにも強すぎたのだろう。自分たちが見られていることに気づいた南美の夫は、驚き、青ざめ、相手女性との距離を慌てて広げた。

 (『クロ』か……バカな男)

 多少は驚いても、にこやかに会釈を返せば、シロだという可能性を否定することはできなかったのに……。

 代わりに慶子が満面の笑みで会釈をした。

     
     《5》

「ただいま」

 健が珍しく早い時間に帰ってきた。そして何故か機嫌がいい。会社でいいことでもあったのだろうか?

「おとーさん、おかえりなさい」

 大きなぬいぐるみを抱いた友紀恵が、愛らしい姿で出迎えたことで、彼の機嫌はますます良くなる。

「おー、友紀恵、大きなクマさんだね」

「うん、今日ね、おかーさんとおばあちゃんといっしょにお出かけしたの。そのときに買ってもらった」

「良かったな」

 健は友紀恵の頭を撫でると、珍しく慶子にも話し掛けてきた。

「そういえば、明明後日だったよな? 慶子が朝から出かけるの。今更だけど、何の用事で出掛けるんだっけ?」

「えっ?」

 今日は驚くことばかりが続く日だ。夫が慶子の予定に興味を持つなんて、明日、大雨でも降るのではないかと思う。

 しかし、慶子はその気持ちを態度にすることなく、穏やかに答えた。

「大学の友人だった葵から、バス旅行に誘われてたのよ。だけど向こうに急用が出来て、とっくにキャンセルしたわ」

「ふ~ん」 

 それだけ言うと、健は着替える為に寝室へと引っ込んだ。

「………………」

 慶子は、その背中を見送る。

 そう、自分は呪詛の集まりに参加することをやめた。あんなに面白い事実を知った今、簡単に南美あのオンナを殺せるワケがないだろう。

「………勿体なくて呪ってなんかいられないわ」

    《終わり》         2/2『小浦早苗の場合』に続く


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