わがはからいにあらず
それまで勤めていた会社を辞めて
難波で仲間と一緒に会社を作ったのは
36歳の時でした。
それから3年、39歳の時
また、元に勤めていた会社に戻りました。
アルムナイ採用?
今の時代だとそういうのかもしれませんが
当時はまだ珍しいパターンだったと思います。
戻った直後から、とにかく忙しい毎日でした。
毎晩遅くまで、当然、土日も関係なく。
あっという間に時間が過ぎて、10ヶ月後。
その日もいつものように夜中まで働き
家に帰った時には日付も変わっていました。
とにかくシャワーだけ浴びて、
すぐに寝ようと思い、ベッドに入りました。
ふと気づきました。
今日は40歳の誕生日や
当時住んでいた八丁堀のマンションの一室で
たった一人で迎えた40歳の誕生日。
不思議でした。
自分はなんでここにいるんやろ?
自然とそんなことを思いました。
一度辞めた会社で働いていること。
東京でひとり暮らしをしていること。
•••
一つ一つが不思議でした。
それから一つずつ答えを探すために、
これまでの人生を振り返ってみました。
あの時、こうしたから。
あの時、あの人と出会ったから。
あの時、こんなことを言われたから。
•••
そこまでは分かります。
ただ、もう一歩、掘り下げて、
なんで、そうしたのか?
なんで、そっちを選んだのか?
なんで、あの人と出会ったのか?
なんで?•••
となると、全く分からないんです。
時には、普通に考えて、
そっちは選ばへんやろ
という選択さえありました。
なんで?
なんで?
なんで?
そんなことをぐるぐると考えていて、
自分で選んだんじゃないな
そんな気がしてきました。
それまでは、自分の人生、一度きりの人生
自分の思う通りに生きたい。
そう思って、実際にそういうふうに生きてきた
そんな自負もありました。
でも、実際に、40年の人生を振り返って、
自分の意思じゃない
そんなことを実感しました。
ヴィクトール・フランクルは
われわれは人生の意味を問うべきではない
われわれが人生から意味を問われているんだ
と言われています。
自分は、人生に「なんで?」と問いましたが
そこに答えはありませんでした。
そもそも答えなんてないんです。
自分で答えを作り出さない限りは。
この時、彼が言った言葉の意味が
少しだけ理解できたような気がします。
40歳になった日。
八丁堀のマンションのベッドの中で
そんなことを考え、一睡もしませんでした。
こんな40歳の誕生日、
全く想像していなかった未来です。
でも、この日以来、たとえそれが
想像していなかった未来だったとしても
惑うことはなくなったような気がします。
むしろ、想像していなかったからこそ、
「なんで?」
という問いかけに、自分なり答えを出す、
そんな醍醐味があるのかもしれません。
宗慧
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