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日常をハレの日にする、簡単アイテム

11月に入ってから、
年末の大掃除(断捨離)を先駆けて
カメの歩みのごとく進めています。


先週末から、小物の断捨離を進めています。
女性だと共感いただけるかなと思っていますが、
小物の中でも、


アクセサリーの断捨離って難しいですね。


お値段がまあまあしたアクセサリーだと、
日常では身につけずにしまい込んでしまう
ことも多いかと思います。


人前にそれほど出ないライフスタイル
となればなおのこと。アクセサリーをつけない
日々が続きました。

 
ただ、使用頻度が低いからといって、
アクセサリーを ”即” 断捨離というわけにもいかず、


いつか来るだろう「ハレの日」のために
大事に保管しているんですよね。


でも、今回の小物の断捨離をする中で、
引き出しの奥で眠っているアクセサリー
を見ているうちに、

宝の持ち腐れだわ!

と、読んで字のごとく思ったわけです。


「大事に保管」となれば聞こえはいいですが、
実際は、存在をすっかり忘れている状態。


なぜなら、日常で全然身につけていないから。


「たまには、日の当たる場所に出たい!」
と、私に訴えているようにも感じました。
(怪しいかな? 私)

捨てない選択をしたのであれば、
活用してこそ、モノに命が宿るもの。


だったら、毎日ではないにしろ、
次のハレの日が遠い未来ならば、

日常使いにしてみよう!

と思いました。


◇ ◇ ◇

日常をハレの日にする、簡単なアイテム

といったら、

やっぱりアクセサリー(ジュエリー)を
身につけることではないでしょうか。


アクセサリーは、
つけたその瞬時から、”ハレ” を演出することが可能です。


もちろん、メイク、ヘアスタイル、ネイル、
服装を変えて、ちょっと華やかにするだけでも、
”ハレ” の演出はできますが、


今ある大切に保管されたアクセサリーを
身につけるだけであれば、時間とお金はかかりません。


そして、眠っていたアクセサリーが
日の目を見ることで、
持ち主と一緒に再び輝くことができる。


もちろん、紛失・劣化・損傷の恐れ、
仕事・家事がしずらい、ラフな服装に
似合わない、と感じるかもしれませんが、


もし、日常で身につけることで、
不快感や居心地の悪さが拭えないのであれば、
その場で外せば、秒で元通りです。


アクセサリーのいいところって、
”ハレ”を演出するのにとてもお手軽なところです。



◇ ◇ ◇

多くの人の人生は、
代り映えがしないように見える日常が、

人生の大半を占めます。


ハレの日は、人生の長さというと
どれくらいあるでしょうか?
1%にも満たないかもしれません。


いつか来るハレの日(未来)のために、
日常(今)があるわけではない。



日常(今)をより豊かにするために、
ハレの日がごくたまにあるだけ。

ハレはあくまで、わき役。

日常が人生の本番

だということを、気づきました。


私の日常は、ラフなスエット姿に、
(ハレの日用の)アクセサリーという
このアンバランスがなんとも言えないのですが、



あ~ら不思議。
日常にハレの日のような緊張感がプラスオンされる。


この緩急がなんとも気持ちがいい。


引き出しの奥から引っ張り出してきた
もう15年以上保管しているリングです。
最近、ほとんどつけていませんでした。

プチダイヤがついたリング

リング置きは、HAKUSAN(白山陶器)


ブルートバーズがついたリング

今、パソコンのキーボードを打つ私の両手
の指には、長い睡眠から覚めた2つのリング
が光っています。

でも、私の全身は日常スタイルのスエット姿(笑)。


そして、普段は自分の奥に眠っている力や才能が
2つのリングと一緒に、日常の世界へと

どんどん出ていく
どんどん使われていく

そんなイメージを持つことができる。


大切なアクセサリーも
大切な自分自身も
宝の持ち腐れにしない責任感が湧いてくる。


ハレの日(未来)ではなく、
日常(今)に、
私たちの本来の輝きは放たれている。


こうして、日常をただの日常にしない

日常という人生を輝かせていくゲーム
を楽しんでいる今日この頃です。


「人生を楽しむ」って、
こういうことなのかなと思っています。



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