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離婚の処方箋

その時は突然やってきました。妻とふたりでアメリカに渡って9年。その間に、レイオフされたり、仕事で使い物にならず、ほとんどクビになるような試練もありました。クビのような状態で会社を去ることになったボストンからカリフォルニアの会社に転職して約2年が経ち、ようやく仕事でも自信を取り戻し、仕事も私生活も楽しくなっていった矢先でした。妻から写真ファイルを借りて、日本にいる両親や妹たちに見せる写真を選んでいると、突然、衝撃が走りました。

全く見覚えのない白人男性と僕の妻が一緒に笑顔で写っている写真を見つけてしまったのです。しかも、その写真では妻とその男性が、僕達が2年前まで住んでいたボストンの家の中にいました。妻と2年間暮らしてきた家で、全く知らない白人男性と妻が笑っている写真。僕はどう理解してよいか?頭が真っ白になりました。急いで、妻を呼んで、パソコンのスクリーンの写真を見てもらうと、「ああ、知られてしまった」とだけ語りました。

それから約1週間後に妻はその男性のもとへ去りました。あまりに突然の出来事でした。それまで19年間、結婚生活を続け、これからもそれが続くものと信じ、疑ったこともありませんでした。すべてが崩れ去ったように感じました。

この離婚は自分にとってはとても大きな試練でした。しかし、あれから約10年が経ち、今振り返ると、自分を見つめ直し、成長するのに必要だった神様がくれた無くてはならない大事な試練だったと思えるようになりました。

僕が、自分に与えた離婚の処方箋は3つでした。
1. 片づけ
2. 自己投資
3. 次元上昇

1.片づけ

僕にはふたりの大切な妹が日本にいます。子供の頃は兄らしいことを何もしなかったのに、今でもそんな兄を見捨てずに、慕ってくれます。妹たちに離婚のことを伝えると、ふたりとも静かに僕を応援してくれました。上の妹は、僕に沢山の本を送ってくれました。

その中の一冊が、コンマリさんこと近藤麻理恵さんの「人生がときめく片づけの魔法」でした。

部屋の片づけ

突然妻が去り、メンタルがダメージを受けている僕にはピッタリの本でした。精神的に立ち直ろうと何か行動を起こそうとしても、そんな元気はありません。でも、部屋の片づけだけだったら、淡々と物理的に始めることができ、とにかく行動を起こすことができます。頭の中で色々考え、落ち込むより、とにかくまず手を動かすのです。

妻が出ていくまで、僕は仕事に没頭し、家の中のことは完全に妻任せになっていました。突然、妻に出ていかれて、何がどこにあるか全然わからない状態になっていました。とにかく徹底的に片づけを行い、家の中のものを把握しよう。僕は、コンマリさんの本に従って、自分がときめく大切なものだけを残し、これまでの妻との思い出を断ち切ろうと思いました。

割り切って片づけを始めると、コンマリさんの本に書かれている魔法が、次々と僕に起こったのです。

「片づけをすると人生がドラマチックに変わります。『片づけの魔法』と私が呼ぶその効果が人生に及ぼす影響は絶大です。」「一気に短期に完璧に片づけをやり終えた人の人生は、間違いなくドラマチックに変化していくのです。」

近藤麻理恵さん著「人生がときめく片づけの魔法」

もともと割と片づいている部屋だと思っていましたが、いざ、片づけを始めると、必要のないもので溢れていることに気づきました。ここ数年全く使用していない物、着ていない服、ただただまだ使えてもったいないからという理由で溜め込んだ物などで溢れていました。

「人生がときめく片づけの魔法」に書かれていた近藤麻理恵さんのメッセージが痛いほど刺さりました。

「捨てられない原因を突き詰めていくと、実は2つしかありません。それは『過去に対する執着』と『未来に対する不安』の2つだけです。」「何を持つのかは、まさにどう生きるのかと同じこと。」「自分にとって必要なモノや求めているモノが見えていないから、ますます不必要なモノを増やしてしまい、物理的にも精神的にもどんどんいらないモノに埋もれていってしまいます。」

近藤麻理恵さん著「人生がときめく片付けの魔法」

家の中には、僕がまさに「過去に対する執着」で捨てられなくて使いもしないのに貯め込んでいた物、「未来に対する不安」で将来使う可能性などないのに念のためとっておいたもので、溢れていました。僕だけではありません。出て行った妻がため込んでいたものも、同じように家の中にたくさんあふれていました。まさに、「何を持つかは、自分たちがどう生きるかと同じこと」でした。出ていった妻も僕もふたりとも、本当に必要なもの、本当に求めているものが、全く見えなくなっていて、惰性で結婚生活を続けていたために、どんどんいらないものに埋もれてしまっていたんだと痛感しました。

妻が出ていったのが土曜日だったので、週末に自分に課したケジメとして、徹底的に片づけしまくりました。自分がときめく大切なものだけを残し、それ以外のものを捨てるため、自分の部屋とアパートのゴミ捨て場を行き来しました。まだ使える物で、もったいないと感じるものは近くのリサイクルセンターへ寄付しました。2日間だけで家の中にあったものは劇的に少なくなり、本当に快適な空間ができました。家の中にあるすべてのものが、瞬時にどこにあるか分かるようになり、それら全てが自分がときめく自分にとって大切なものなのです。コンマリさんの本に書いてあることは、本当でした。物理的に自分が必要でときめくものだけに囲まれると、本当に心もスーッとして、とても幸せな気分になれるのです。

突然の離婚のように、メンタルに大きなダメージを受けたときは、どんなに精神的に立ち直ろうとしてもうまくいきません。そんな時、コンマリさんの本に書かれているように、身の回りの片づけから行動を起こしていくことで、どれだけ自分が救われたかを本当に強く実感しました。

心の片付け

「片づけをして部屋がさっぱりきれいになると、自然と自分の気持ちや内面に向き合わざるを得なくなる。片づけはじめたそのときから、人生のリセットを迫られるのです。」

近藤麻理恵さん著「人生がときめく片づけの魔法」

まさに、徹底的に片づけし、部屋がきれいになっていくと、これまで全く見えていなかった自分が見えてきました。部屋の片づけが終わったら、心の片づけに移行するという、別々の行いではなく、部屋の片づけが自然と心の片づけに導いてくれるのです。

衣服の片づけをしていると、多くのものが何年も全く着ていないものでした。破れていないけれども自分の体型にも合っていないブカブカのシャツやズボンもたくさんありました。僕は自分の衣服でさえ妻任せにしていました。長年の結婚生活で惰性で生きてきて、仕事に没頭しすぎて、自分の外見に全く関心を示していなかった事に気づきました。出ていった妻が、こんな自分に対して夫や男性としての魅力を感じなくなっても当然だなと思いました。

食料品の片づけをしていると、ただ安いから、ただ手間を掛けられずに用意できるからという理由で買い溜めた不健康な食料品がたくさんありました。新薬を作る研究者という健康に関わる仕事をしているにも関わらず、自分の健康には全く関心を持っていなかった自分に気づきました。

僕は、突然の離婚が起きたその時まで、自分は妻にとって割と良い夫であると勘違いしていました。自分でも笑ってしまうくらいおめでたい事に、精神面でも経済面でも妻を支え、妻のやりたいことを応援し、妻にとっては唯一最大の理解者であり、妻は僕なしでは生きていけないものとうぬぼれていました。しかし、実際は、自立できていないのは、妻ではなく、僕の方だったのです。

妻が選んだ男性にも驚きました。自分の父親に近い程の年上の方だったのです。僕はそれまで週末には外食してふたりでささやかにお祝いする、月に1度くらいは妻と小旅行する、半年に1度は日本へ帰国したり、少し大きめの旅行をするなど、妻との時間を大切にしている良い夫であると思ってました。しかし、それは自分は妻のために良いことをしていると自己満足するためのもので、まるでプロジェクトをこなすように、これらを行っていたのではと感じました。本当に妻の話を真摯に聞き、共感し、理解しようとしていたのか?

妻が選んだ年取った穏やかな表情の白人男性は、僕とは真逆の接し方をしたのではないか、と想像できました。ただただ彼女の話を真摯に聴き、共感し、彼女の思いを分かろうとしていたんだろうなと。もう5年間もその男性と付き合っていたと知りました。その間、僕は一度も妻の異変に気づかず、自分は良い夫だと思い込み、仕事に没頭していたのです。自分のあまりにもの鈍感さに呆れてしまいました。

究極に不要なものをすべて手放し、重要なものだけを残し、心も整理されると、感謝の気持が湧いてきました。突然、妻が出ていき、ひとり残された時、僕はどん底に落とされた世界一不幸な人間のように感じました。しかし、僕は自分がときめく大切なものに囲まれた部屋にいるのです。大好きな仕事をさせてもらっているのです。美味しいものも何不自由なく食べれます。こんな状態で、「どん底に落ちた」などと言ったら、もっともっと大きな試練を乗り越えている人たちに失礼だと恥ずかしくなりました。

片づけが僕を次の処方箋に導いてくれました。

2.自己投資

もっと自分を磨かねば。長年惰性で生きてしまい、知らないうちに自分磨きを怠っていたことに離婚が気づかせてくれたのでした。僕は様々な面で自分磨きをしようと次の行動を起こしました。

健康

妹はコンマリさんの本以外にも何冊かの健康・食生活に関する本も送ってくれました。僕はこれまでの安い食材、手間のかからない簡単な食材に飛びつくのを一切やめて、健康によい良質な食材のみの食生活に変えました。これまでも運動は少々行っていましたが、時間を決めて、毎日の習慣としました。

仕事

自分の夢がかなってアメリカに来ている。アメリカで働いている。もっともっと仕事を楽しもう。やりたいことを全部やろう。離婚の原因の一つになったのは、僕が仕事に没頭しすぎて、妻への気遣い、思いやり、感謝を忘れたせいかもしれません。それでもやっぱり僕は今の自分の仕事が大好きで、自分の特性を活かしてこれからも没頭したいと思えました。もっと自信を持って、自分のやりたいこと、やるべきと思えることを徹底的に行うと決めたのです。

おしゃれ

これまでまったく外見を気にしてこなかった自分でしたが、こんな自分では、出ていった妻が自分に対して夫としての、男性としての魅力を感じなくなっても仕方がないと思った僕は、もう少し自分の着る服に関心を持とうと、週末にはモールに行って、自分のときめく服を見つけようと決めました。安くて着心地が良ければそれで良いという考え方から、自分がときめく、気持ちがワクワクするものだけを着ようと決めたのです。

恋愛

離婚後も日本から支えてくれた両親や妹夫婦を見て、僕ももう一度、妻を見つけて夫婦を作りたいと思いました。こんな離婚を味わうならもう結婚なんかしたくないとは思えませんでした。もう一度、とびっきりの妻を見つけて結婚すると決めました。

3.次元上昇

自己投資を徹底的に行うと、相乗効果を発揮し、自分が次元上昇できていると実感できるようになったのです。

健康

食生活を改善し、毎日定期的に運動もするようになり、体調はすこぶる良くなりました。これまでも朝型人間でしたが、睡眠の質が更に向上し、超朝型人間になりました。目覚ましアラームなどは一切使わず、いつも3時頃に起きられ、それから数時間が最も頭が冴えて効率的に仕事ができる時間となりました。

さらにとても驚いた体調の変化が起こりました。これまで自分の体質だと思って諦めていた口内炎が一切起こらなくなったのです。これまで僕は食事中などに誤って口の中を噛んでしまい、それがきっかけとなって頻繁に口内炎ができていました。口内炎ができていない時の方が少ないくらい、頻繁に起こり、自分の体質の問題で、一生付き合っていくものだと半分諦めていました。ところが、食生活を変えた途端、口内炎が一切起こらなくなったのです。更に驚いたことに、口の中を誤って噛むことさえなくなったのです。想像するに、これまでは食生活の乱れから口腔内が自分では意識できない程度に腫れており、それで口の中を誤って噛むことが多かったのだと思いました。さらにその傷が炎症となって、口内炎になりやすくなっていたのでしょう。食生活がいかに大きく健康に影響するかを知る驚きの好転でした。

仕事

以前の記事にも書きましたが、僕が初めた挑戦した純アメリカ製薬会社では、全くパフォーマンスを発揮できず、クビ同然で会社を去ることになってしまいました。やっぱり僕が純アメリカ企業で生き残っていくことは無理なのか、と自信喪失していました。

その後、何とか別のアメリカの製薬会社に転職でき、約2年が経ち、ようやく仕事に自信を取り戻し初めた矢先に突然の離婚が起こりました。離婚をきっかけに自分を見直し、もっともっと自分の置かれた恵まれた環境に感謝しよう。仕事に没頭しよう。楽しもう。やりたいことをとことんやろう。と仕事に対しても自己投資をするようにしました。

するとここでも次元上昇が起こりました。2年前までクビ同然になるほどパフォーマンスが発揮できなかった僕が、人事評価でトップパフォーマーとして評価されるようになったのです。

重要なプロジェクトを任されるようになり、周りからの信頼も得られ、素晴らしいチームを作ることもでき、僕のアメリカで研究者としてサバイブしていくという夢を更に発展させることができました。

再婚

私生活でも幸運が舞い込んできました。とてもラッキーなことに、グリーンカードを持っており、アメリカに永住している日本人女性と知り合うことができ、すぐに仲良くなることができました。今の妻です。彼女は本当は日本へ帰国することも考えていたようですが、僕ともう一度アメリカで暮らすことを選んでくれました。知り合って2年後にはめでたく結婚に至ることができました。

先の離婚がきっかけで自分を見つめ直し、成長したはずですが、ひとつのことに没頭してしまうと他のことは全く見えなくなる自分の気質は変わりません。女性の繊細な気持ちに寄り添い、気遣い、理解することができなくて、未だに妻をがっかりさせることはしょっちゅう起こります。

でも、妻と楽しく暮らせる今の生活に、自分の特性を発揮できる大好きな仕事に没頭できる環境にとても感謝しています。10年前の突然の離婚は僕にとっては大きな試練でしたが、今振り返るとあの離婚がなかったら今の自分はないと思え、神様が僕にくれた大切な乗り越えなければならない試練だったと思えるようになりました。






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