固体の惑星、地球:生命と知性の基盤
■はじめに
私は、生命の起源について、システムアーキテクチャの側面から考えています。また、人間の知能について、そしてチャットAIの大規模言語モデルについても、同じアプローチで考えています。
その中で、普段、見落とされがちな固体というものの性質に興味を持ちました。固体は、デジタルのように離散的で、ニュートン力学による決定論的な予測が可能な物体です。これは、コンピュータのプログラムに似ています。
また、私たちが普段、言葉で表現したり思考するとき、固体を中心にした思考をしている事に気がつきました。世界が液体や気体ばかりの流動的なものであったら、私たちの知能は世界をうまく捉えることができません。
この着想から、固体について深く掘り下げて考えていきます。すると、地球が表面に多くの固体を持っていることが、生命や知性の基盤になっていることに気づかされます。
■固体中心の思考
私たちの知能にとって、固体は扱い易いものです。
時間が流れても、力を加えて移動させたり回転させても、その形状を維持します。このため、外形のパターンを覚えれば、ある固体と別の固体を容易に識別できます。1つ2つと、その数を数えることも容易です。同じ力を加えれば、同じ作用が働くため動きを理解し、予測することも容易です。手にもって扱う事も容易です。
このように固体に対しては、哲学的な存在認識、言語的な名前付けと識別、数学的な計数、物理学的な法則、身体的な操作が、とても容易です。
液体や気体は、固体に比べると扱いが困難です。
私たちは固体を物事の中心として認識し、言語化し、分析し、対象化していると言えます。
■固体はありふれてはいない
私たちは、ある意味で、偶然にも固体がありふれている世界で生きていると言えます。
宇宙空間はほとんどがスカスカの空間で、物質の存在割合は空間に比べてごくわずかです。そして、物質は万有引力で引きつけ合って、恒星や惑星などの球形の星となって宇宙空間に漂っています。
恒星は通常、高温であるため、固体ではなくドロドロの液体だと考えられます。惑星は多様で、ガスの固まりと考えられる星、液体でおおわれている星、地球のように表面が固体になっている星、があるでしょう。その上、地球も表面の7割は液体の水に覆われ、地中深くはドロドロの液状のマグマが詰まっています。
そのように考えると、宇宙空間では固体は比較的レアな状態です。この事は直感に反するように感じられます。それは、私たちはたまたま、固体がありふれている世界に住み、固体を中心に物事を認識しているためなのです。
■固体の恩恵
地球上の生命にとって、水が大きな役割を果たしている事は事実です。生物の体を構成する単位である細胞も、その中に水を貯えています。水は水溶性の化学物質をイオン化し、化学反応の媒体になります。また、疎水性の化学物質も、水の中で比較的自由に移動ができる状態にある事で、他の物質と出会い、化学反応を起こします。
生物がその生命活動を維持するためには複雑な化学反応を継続させる必要がありますので、液体の水の役割はとても重要です。氷や水蒸気では、化学反応の媒介の役割を果たしません。地球の表面のように、水が液体で存在できる範囲の気圧と温度であることが必要です。
一方で、液体の水が生命にとって重要という観点は、固体はありふれているという認識に基づいているのかもしれません。宇宙空間で固体がありふれていないという事を考えると、固体も生命にとって重要な役割を果たしていると言えます。
DNA、細胞膜はもちろん、小胞体やゴルジ体などの細胞内組織は、固体です。ゴムのように弾力や柔軟性がありますが、液体のように形状が流動するわけではありません。固体がなければ、少なくとも地球上の生命のメカニズムは成り立ちません。
■固体とは何か
金属のような弾力性がほとんどない硬い固体もあれば、ゴムやゼリーのように、柔軟性や弾力性がある固体もあります。内部の分子に流動性を持たず、形を保つことができるものが、固体です。
時間の流れから見ると、固体には形状を「記憶」する能力があります。また、空間的な観点から見ると、固体は「構造」を持ちます。
これらは観念的な言葉ですので難解に思われるかもしれません。しかし、液体や気体をイメージすると分かりやすくなると思います。流動性を持つため、液体や気体は、形状を記憶することができません。また、構造を持つこともできません。
従って、観念的に捉えると、固体は「物理的な時空間上で構造を記憶しているもの」という表現が可能です。
■知能による認識
知能による認識という観点では、スケールとアスペクトについても言及しておく必要があります。
固体が「物理的な時空間上で構造を記憶しているもの」として認識できるためには、適切な空間的スケールと時間的スケールが必要です。
人間の認識の空間スケールでは、固体には構造が記憶されているように見えます。しかし、空間スケールをミクロ化し、量子スケールにすると、そこには不確定性の世界が広がっています。このスケールでは構造が記憶されていることを認識できません。反対に、空間スケールをマクロ化した場合も同様です。宇宙スケールでは、恒星系や銀河系などの一定の塊は存在しますが、やはり流動的で構造を記憶している様子は限定的でしょう。そもそも相対性が現れてくるスケールにもなります。
時間スケールも同様です。量子の不確定性が観測されるほどのミクロな時間スケールや、固体が形状を保っている様子が認識できないほどのマクロな時間スケールでは、固体の構造の記憶を認識することはできません。
また、アスペクトが異なると、同様に構造の記憶を認識できません。構造の記憶を理解できるのは、視覚や触覚を私たちが持っているからです。聴覚、嗅覚、味覚では、固体として構造が保たれている様子を認識することは不可能でしょう。このため、光、音、匂い、味、接触の、どのアスペクトで対象を感知するかによっても、知能が構造の記憶を認識できるかどうかが決まります。
■固体の高度な機能
私たちは、固体がありふれているように感じるため、固体が高度な機能を持っていることを見落としてしまいがちです。
私は、一般的なコンピュータによる情報処理は、決定論的な処理であるという点で、固体に近い性質を持っていると考えています。また、実数のような連続したアナログ値でなく、整数のように離散したデジタル値を扱うという点でも、固体の性質を持っています。
一方で、私たちの脳やニューラルネットワークを用いた人工知能の処理は、連続的であいまいさを持つという意味で液体のような流動性があります。また、確率的という意味で量子的な不確定性を持っていると考えています。
一般論で言えば、通常のコンピュータよりも、人間の脳やニューラルネットワークによる人工知能の方が、高度な事を実現していると捉えられがちです。確かに、パターン認識など一部の分野では、人間の脳やニューラルネットワークは、通常のコンピュータではできないような処理を実現しています。
しかし、生物の神経中枢としての脳の進化を考えると、むしろ逆です。パターン認識は古い脳が行っています。そして、推論やシミュレーションのような処理は、進化した新しい脳に特有の能力です。人工知能も、パターン認識程度しかできなかったものから、推論の能力を得るようになってきたのです。
そして、この推論やシミュレーションの能力は、まさに通常のコンピュータの得意とする、固体的な処理です。
生命の起源においても、化学進化説を前提に考えれば、初めは有機物のスープという液状のものの中で、細胞が誕生したと考えられます。
宇宙も、ビッグバンの直後は高温のプラズマ、気体、そして液体の時代を経て、固体が登場することになったとも見ることができるでしょう。
このように考えると、固体や固体的な構造を記憶する性質は、高度な機能であり、進化の先の方にあるのです。私たちは、固体がありふれている世界にいるために見落としがちですが、固体はとても高度な役割を担っているのです。
■自由構造:可動域を持つ構造
固体は、柔軟性や弾力性を持っていても、力が解放されれば記憶している構造を取り戻します。一方で、固体と固体を接続し、その接点に自由度を持たせると、その部分は可動域となります。
可動域は、骨と骨の間の関節をイメージすると分かりやすいと思います。壁とドアのツガイの部分、車輪と軸受けの接点も可動域です。
通常のコンピュータの情報処理も固体の性質を持つと述べました。プログラム同士を連動させる場合、その接点となるインターフェース部分が可動域です。
こうした可動域と固体を組み合わせた可動域を持つ構造を、ここでは自由構造と呼ぶことにします。
生物は、進化の過程で骨格を持つようになったことで、自由構造を獲得しました。これにより、行動範囲を広げ、より速く移動し、より大きな力を制御できるようになりました。機械も自由構造です。
コンピュータのプログラムも自由構造です。情報に対して、幅広い処理が実現できます。進化した脳も、推論やシミュレーションといったコンピュータと同じ固体のような処理を行うことができます。これは言語に基づいています。プログラミング言語だけでなく、自然言語も、自由構造を持っているのです。
■さいごに:自由構造としての地球
地球は固体の惑星であると述べました。しかし、単に硬い岩で覆われている静的な星ではありません。地表には水と大気、地中深くにはマントルがあります。これが、地球環境を可動域を持つ構造、自由構造にしています。
マントルは大地を稼働させます。大陸移動説です。生命の誕生以降、各大陸の環境で独自に進化した生態系は、大陸の移動によって分断したり合流したりしました。これが生態系の進化に大きなインパクトを与えたと考えられています。
水と大気は、物質を移動させます。この性質が、生命の起源である最初の細胞が誕生する以前の地球で、化学進化を促進させたはずです。有機物が堆積した多数の水たまり同士を、地球の水と大気の循環が接続したと考えられます。
知能における固体と自由構造、生物における固体と自由構造。これらは宇宙空間上でも、極めて珍しい、固体と自由構造を持った惑星、地球の上で誕生しました。地球のこの性質が、生命と知性の基盤となっているのです。