『ワーカーズダイジェスト』津村記久子(集英社文庫)
偶然にも生年月日と身長が同じ、佐藤奈加子と佐藤重信。苗字まで同じ男女は出会いも偶然。
32歳。仕事や人間関係についての悩みとは折り合いをつけられるはずと思いつつ、それでも思うようにいかない日々の中、ふとした時にお互いのことを思い出す。
どこにでもある日常、どこにでもいる男女、共通点は多くとも、深く交わることのない2人のそれぞれの毎日をゆっくりとつづる。ただ、それだけの物語。
単行本の出版が2011年。初めて読んだときは2人と同じ年齢だった。
その時に抱いた、これほど身に馴染む小説は読んだことがないという印象は何度読んでも変わることはない。
他人との距離のとり方、仕事での理不尽の収め方、自身に期待することなどなど、その結果や表出する部分はともかく、そこへ至ろうとする過程の持って行きかたに非常に共感できるのだ。
2人は仕事をしている。奈加子はデザイン会社勤務の傍らライターという副業を、重信は建設会社に勤めている。
仕事に対しての思い入れがそれほどあるわけではない。いわゆるお仕事小説のように困難と戦ったり、成果を勝ち取るために奮闘したりはしない。理不尽に堪え不満を抱え、そこそこギリギリになりながら、自らを生かす義務として働いている。
限界が来る予感はしている。とっくに過ぎているのではという疑問もわいたりする。色々なことがもういっぱいいっぱいになっているんじゃないかと不安にもなる。
それでも、完全に自覚してしまうまでは「まあ、まあ」とつぶやきながら毎日をやり過ごしている。それは前向きではないかもしれないが、決して後ろ向きなことではない。
晴天であっても空には雲がある。
明けない夜もやまない雨もないことは知っている。同時に、そのうち夜は巡ってくることも雨が降ることも知っている。
ただ、合間の晴れ間をどう生きるか、その間にどのように心を洗って干しておくか、その大切さを知っている。
2人の佐藤は働き方ではなく、生き方を知っている。
この作品を読んでも、学ぶことや励まされることはないかもしれない。でも、自分と同じような人がいるという心強さは感じる。手を引くんではなく、背中を押すんでもなく、ただ隣に寄り添ってくれる、それが津村作品の醍醐味だと思う。
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