『ペンギンは空を見上げる』八重野統摩(東京創元社)
これは、よかった。すごかった。
泣ける話がすなわちいい作品だとは思わないけど、いい作品はやっぱり泣ける。
こみ上げてこみ上げてあふれてあふれてとまらなくなった感情は、やっぱり涙になってこぼれてしまうものだから。
主人公、佐倉ハルは小学六年生。NASAのエンジニアを目指して勉強中。風船ロケットを飛ばしたり、英会話を勉強したりと、かなり目的意識が高い。
風船ロケットを飛ばすハルくんは、ガガーリンの名言を思い出している。
地球は青かった。
神は見当たらなかった。
思いは、有名な前段ではなく、後半部分に馳せられている。
神様なんて、いないんだ。それはハルくんにとって真実であり、実感。
ある日、ハルくんのクラスに鳴沢イリスという金髪の少女が転校してくる。
彼女は自己紹介で言い放つ。日本語は得意ではない。すぐに引っ越すから仲良くしてくれなくていい。
そんな自己紹介に面食らいつつも、最初のうちはもの珍しさからチヤホヤされてクラスに溶け込むかと思われた鳴沢イリスだったが、彼女は一貫して同級生たちとの距離をとり続け、分厚い壁を作り上げて孤立していく。
そんな彼女の様子を見るハルくんの視線や、彼女を心配する友人の三好とのやり取りから、どうやらハルくん自身もまた孤立していることが分かる。しかも彼は、それを自分で選び、その状態を正しいことだと思っているらしい。
冒頭から、ハルくんのコミュニケーションのとり方への違和感や、クラスでの立場、三好に学校で話しかけさせないなど、気になることはたくさんあるが、それらについては語られない。
それでも何かはあるんだろうなという伏線ともいえない引っかかりは散りばめられている。
ハルだけではなく、イリスにも三好にも、ハルの両親にも、何かがある感じは確かに伝わってくる。この匙加減がまずよかった。
細かく張り巡らされているたくさんのエピソードの芽が、きっと最後には語られるはずという信頼感が、ほんの数ページで得られていたのは今思えば不思議。
そして、それらだけに目を向けさせるわけではなく、ぬいぐるみを探すイリスをハルが助けて仲良くなる、クラスでのイリスの立場が浮き彫りになるという出来事を起こし、直近の物語を進めていく辺りがよくできている。気になることはあるけど、目の前で進んでいる話はここからどうなるんだ、という感じ。
とにかく読ませる力がすごかった。
後半は押し寄せてくる涙の奔流と戦いながらページをめくっていた。
前半部分には、明言されてなくても分かりやすいかたちでそこにあるものと、丁寧に慎重に隠されているものがある。
後半部分ではそれらが絶妙なタイミングで一つずつ語られている。やっぱりそうだったのか、と確認するためのものと、そんなことを思っていたのかと知らされるもの、2種類の真実が次々と語られていく。
見えていたものと隠されていたもの、両端にあった仕掛けが、物語の結び目を両方から引っ張ってほどいていく。
そして同時に、涙腺もほどかれていることに気付くのだ。
終盤でイリスのとる行動の意図が分かったときが最高潮。
言葉にするとしても「ああ……」しかなかった。
彼らの物語を見届けたいのに、潤む視界がそれを阻んでくるのだ。本を読んでいて、あれほど心と体がバラバラになってしまったのは初めてかもしれない。
どこをとっても前半の助走が効果的で、250ページの中に彼らの大切な毎日が凝縮されている。そしてこの日々に祝福を送りたくなる。
つらい思いもするだろうけど、10回泣いたら11回笑ってほしい。前を向いて歩いていける、光のある毎日が待っていることを祈らずにはいられなかった。
小さなペンギンたちに幸あれ。