心理的虐待は外からは気付かれにくい
ボクは、
大人になってから
カウンセリングを受け始め、
自分が心理的虐待を
受けて育った事を知った。
逆に言うとそれまで、
虐待に関する知識が
乏しかった為、
自分が心理的虐待を
受けているとは思っておらず、
自分は厳しい親の元で育ち、
心が歪んでしまっていると
解釈していた。
しかし、
この様に感じたのは、
どうもボクだけではないらしい。
というのも、
暴力を伴う虐待、
心理的虐待を受けた人の多くが、
自分が育った環境がおかしなもの、
虐待だとは気付かずに
育ってしまうというのだ。
この様な事が
怒ってしまう原因として
考えられるのは、
子供は、
自分以外の家庭が
どの様に営まれているかを
知らずに生活している事だ。
これがもし大人れであれば、
一般的な家庭が
どの様なものであるかは、
経験や想像によって
ある程度導き出す事ができる。
しかし残念ながら、
子供は経験の無さ、
知識の少なさ故、
自分を取り巻く環境こそが
全てであり、
当たり前だという思考に
陥りやすいというわけだ。
そして虐待は、
本人が訴えない限り
なかなか外部の人間に
その状況が伝わる事が難しい。
本人は、
親が悪い事をしているとは
思いたくない。
いや、
思わないように出来ている
と言った方が正しいかもしれない。
その事も重なり、
余計に自分が置かれている環境を
異常視しないようにしてしまう。
親は悪い事をしている自覚がある為、
当然自分が虐待をしている事は
言わないし、
外の人間は、
他人の家庭に踏み入る事を
良しとしない風潮から、
虐待が起こっている事実を
把握しにくい。
肉体的な暴力を伴う虐待で、
顔や腕など、
目に見える部分に
その痕跡を確認できれば
虐待を疑う事もできようが、
心理的虐待となれば、
目に見える場所に
痕跡が残らない為、
より外部の人間は気付きにくい
という構造になる。
事実ボクは、
教師や近所の大人に、
虐待されている事を
気付かれなかったし、
助けてもらう事も
当然無かった。
周りの人間が
誰も助けてくれない中で、
一人闘い、
一人苦しむのである。
虐待は
閉ざされた環境で起こる。
それを知りながら虐待をする事が
どれだけ卑劣な事か
おわかりいただけただろうか?
子供は親又は保護者に
養われなければ生きてはいけない。
だから親を信じ、
辛い環境にあっても
その中で生きていける道を
模索するものなのだ。
今日はこの辺で。
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