10/21の滴り「スピと自己一致とときめきと」
生まれながらのスピっ子だ。
なので、私にとってスピリチュアルというのは特別なことではなくて
生きることである。
なのでなので、今までいっろんなスピに足を突っ込んできた。
その都度、気づきはあったし救われたこともあったけれど
その時の自分の地点・価値観に応じて呼応したものだったこともあり
今振り返ると「あちゃ~~あかんで、ワシ」って思えることもあった。
でも、それらを経ないと絶対に今の地点にいないし、そうでないとわからなかった経験もあるので全く後悔していない。
今、私が一番しっくりくるのが星の坊主さまことこじょうゆうやさんの言葉だ。
こじょうさんは常に、あくまでご自分の見方であってあなたにはあなたの見方があるということをおっしゃられていて
こじょうさんのおっしゃることに読者が盲目的にならないように気を使っていらっしゃる。
何故なら本当は自分自身が一番、自分の声・星の声・大いなる存在の声などなどを
キャッチできるのであるから。
そういうスタンスがしっくりくる。
信者みたいにさせる人は私はあまり好きじゃない。
と言いつつ、結局、こじょうさんに少し盲目的になってしまう自分もいるがそこは気をつけつつ(笑)
おっしゃられていることで私がすごく意識していることは
「自己一致」「ジャッジメントにご用心」「lovemyself」だ。
それぞれなっかなか難しいなぁと常日頃思っているが、
特に日々、これは簡単じゃないぞと気をつけているのが「自己一致」。
密教で言うところの「身口意」みたいなことだ。
それは「思ったことと行動を一致させることでしょ?」なんて簡単なもんじゃないと思う。
その思った事というのがクセものだからだ。
だってその"思ったこと"は思考からのものではなく、心からの魂からのものでなければならないから。
でも大体は思考からのことを優先してしまう。
「お金問題」がわかりやすいので例として書く。
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一昔前、ハマっていたスピでよく言われていたことは
「心の声に忠実にお金を使う」ということだ。
まあ自己一致だよね、これも。
値段を考えず(=思考を使わず)本当に心から欲しいと思ったものやしたいことにお金を使うと必ず巡ってくるという考え方。
自分が「高い・・・無理・・・怖い」と思った金額にも思い切って出すことがよいとされていた(これを当時は界隈ではバンジーと呼んでいたっけなw)。
今、振り返ると
実際にそれって間違いではないのだ、というか、お金の循環ってそういうことでもある。
お金=エネルギーはまず「出す」が先で、出さないと入ってこないのだ。
ここで「自己一致」が出てくる。
まず、その「買いたい」は本当に魂から欲しいものなのか問題。
そりゃね、欲しいと思えばなんでも欲しいんです。
でも、ここで言う「心の声に忠実に」は思考ではない本当の「欲しい」という声のこと。
自己一致できていないと思考の声をひろってしまう。
そして先にも言ったように
往々にして人は思考の声と心の声をごっちゃにしているものだ。
(思考が駄目というのではなく、思考は別のところで使いたい)
余談だが、
そなこなで当時、自己不一致バンジー買い物しまくって負のループにはまって
お金の循環どころか困窮しまくって結局、信者をやめる人が続出したし、
だからこの界隈は色んなところから批判されまくってる。
さて。
お金に関してはこじょうさんも言及されている。
Love Myself におけるお金の使い方は、自分自身が買いたいものをどんな金額のものであっても精確に買っていくことです。
(正確ではなく精確)
これは、一昔前にハマっていたスピと同じ考えともいえる。
でも、「ただし」がつく。
大きな金額のものは無理や無茶が発生しますからそれはLove Myself にはなりません。
ここでは自己一致という話ではなくLovemyselfとお金について話されているけれど、
Lovemyselfにならないというのは自己不一致でもあるということだと思う。
無理や無茶を行動しちゃったらそれは自己不一致(心と行動がちぐはぐ)で
それは自分を大切にする行動ではないからね・・・。
※ちなみにこれは節約とか身の丈にあったとかそういう話をしているわけではない。
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お金の使い方を例にして自己一致が難しいということを書いてみたが
お金だけじゃなくて色んなことで私(たち)は自己一致できていないことが多い。
そうなるとエネルギーは滞ってしまう(だからお金もスムーズに出入りしない)。
そして自己一致はLovemyselfだし、ジャッジメントにご用心もLovemyselfなので
これが本当に難しいけれど、
私なんてすぐに忘れちゃうけれど、もうおまじないみたいにいつもそれをつぶやいて瞬間瞬間生きているのである。
それが今の私のスピリチュアル生活だ。
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余談だけれど、
当時、お金のバンジー(もう死語かもな)を私はあまりできなくて(そりゃそうだ)
でももちろんやっちまったときもあって(大いなる反省案件)
でもでも、思い切ったけどすっごいよい買い物だったと思うこともある。
最近では私は大好きな「ヂェン先生の日常着」でバルーンパンツを購入したこと。
(画像はお借りしました)(左端の方が着用されているのがバルーンパンツ)
これ、価格は約13000円である。
人によっては「まあ大したことないじゃん」だろうが私にとってはお洋服にこの値段は思い切ったものなのだ(しかし舞台鑑賞やライブとなるとバンジーじゃない)。
ヂェン先生の日常着を知ったのはかなり前にこのバルーンパンツを着ていた方をお見かけして調べたのがキッカケ。
その後、私はバルーンパンツではなくオレンジ色のロングスカート(これは10000円くらいだったか)を購入したのだが、着心地抜群で可愛くてヨレッヨレになった今でも愛用しているくらいお気に入り。
(画像はお借りしました)(ワンピースも可愛い!)
最近になっていよいよやっぱり最初に目にしたバルーンパンツが欲しくてボーナスあるし!と思い切って購入に至った。
色はピンク!
これがまたすっごく可愛くて頻繁に着用している。
着ると嬉しい気持ちになる。
全ての工程が台湾のヂェン先生の工房で行われていることや、
デザインも流行に左右されずあらゆる年代・体型に対応できる点も好き。
本当に買ってよかった!
(画像はお借りしました)(大胆な色の組み合わせもいい感じ)
なんだかヂェン先生の日常着の宣伝みたいになっていますが(;^ω^)
こういう自己一致が出来たときのお買い物って
お片付けのこんまりさんが言うところの「ときめき」と同じだと思う。
だから
こういう出し方をしたお金は仮にお金としてでなくともきっと色んな良い事で戻ってきてるんじゃないかな(もちろんお金として戻ってくることだってある)。
自己一致は魂のときめきをちゃんとキャッチすること、なんだろうな。
これからも
思考の声に惑わされずに心の底の、魂からのときめきをつかんでいこうそうしよう。