「ドリーム・シナリオ」――夢は唐突に。
アリ・アスター監督の最新作「ドリーム・シナリオ」。それまでの作品に比べ、非常に一般受けする作品ではなかろうか、とわたしは思った。一見ブラックコメディとして綺麗にまとまっていると感じたからだ。
ちなみに、この感想を打っている時点でまだ他の人の感想は見ていない。まだ夢見心地の中で、ありのままの気持ちをまとめていこうと思う。
感想(※ネタバレ含む)
主人公のポールは、とある大学の教授でありながら自分の研究を文献を発表できる機会がなく、またその機会すらもかつての同級生に奪われようとしていた。しかし自分から一歩踏み出すことも難しい、積極性に欠けた人間でもあった。
そんな彼の人生は、「突如としていろんな人の夢の中にポールが現れる」という、到底説明不可能な現象をきっかけに一変する。
夢の中に現れたポールは、最初は何もしないのだが、ポールの周りの状況が変わるにつれて夢にも変化が及んでいく。最初はただの奇妙な夢だったのが、だんだん悪夢へと変わっていく。それはポールにはどうしようもないことだった。そうしてポール自身にも悪影響を及ぼしていく……。
ちなみに、この現象が解明されて商品化される(!)ことはあっても、なぜ彼がそれを可能としたのかについては全くわかっていない。解明できたんならポールについても言及されてもいいかと思ったが、わたしは「ポールが死んだのではないか」と思ってしまった。
夢と現実のパートは最初こそ分かりやすいものの、ポールが拘束されてからあとのストーリーがあまりにも穏やかすぎて、ポールはあそこで一度死んだのではなかろうか、と思ったのだ。あれほどの騒動を起こしておいて妻と娘と関係を保てるとは思えない。にもかかわらず次のカットで写ったのは共に部屋を内見する娘たちとポールの姿。不倫の影を残しつつも最後にハグを交わした二人。これはポールのそうであってほしい現実なのではなかろうか。
彼の叶えたかった「書籍を出版してもらう」という夢も、100パーセントには到達しないものの、ある程度は叶っていた。この部分も妙にリアリティーがあったし、かと思えば、そんなトントン拍子にいくか? という勘ぐりポイントにもなりうる。オチも唐突ではあったが、妙に優しかった。最後のセリフである、「これが現実ならよかったのに」からも、彼が叶えきれなかった「何か」が残っているのだろうと勘ぐってしまう。そもそも彼は、「ノリオ」を介して「自分を受け入れてくれる人(妻)」の夢に無事侵入できていたのだろうか? こういう油断出来ない余地を残しているのも、この作品の面白さだ。
未だ解明されていない夢のメカニズムを、あのように展開させていく技量には唸らされるものがあった。どこかしら自信のない中年男性が、いろんな人の夢に現われ認知度が高まることで過度に自信をつけていく様子は、滑稽でもあり、恐ろしくもあった。「説明出来ない現象により一躍有名になる」ということはなにもポールに限ったことでもないのだから。
何はともあれ、わたしはまたひとつ、「新たな扉」を開いてしまったような気がする。
しかし、その先に待ち受けているのは、本当の現実なのだろうか? それを見極めるには、わたしたちはどうするべきなのだろうか? ポールの妻が言ったように、「もう少し後先を考えて行動する」べきなのだろうか? それは、現実ならともかく、夢の中で可能なのだろうか?
以下は蛇足である。
【蛇足1】わかんないこと
まだ考察としてまとまっていないのが、「ポール
が見た悪夢」と「頭を怪我することの意味」である。
ポールは一度、自身がボウガンの矢で殺される夢を見る。そこから謝罪会見を開き、結果それは妻から大批判を喰らう。彼が夢を見たと描写されるのは、この悪夢と最後のシーンのみである。彼に危害を加えたのは彼自身だが、ここで彼は自分自身と向き合った……気になったのだろうか?
また、ポールは作中で何度も頭をぶつけて(怪我して)いる。大体同じ部位を、だ。脳にダメージがいくことで深層意識が呼び起こされ、夢の効果を増幅させるのだろうか? だとすると、サイン会の最中にぶつけたアレは? ……力及ばず。無念。
【蛇足2】うれしかったこと
「ノリオ」が商品化されたところで、他の作品に例えるのは非常に無礼なことなのだが、「パプリカ」が大好きな者としては大変舞い上がってしまった。
小山内守雄と乾精次郎がいない世界線の「パプリカ」だと思うと平和な気がした。
というか、ノーベル賞候補だった千葉と時田でさえてんやわんやな状況を引き起こしたようなものが、ポールに殺されて情緒が不安定になる大学生風情に確立できるものなのだろうか……悪用する奴とか無限に出てきそうだが……。「パプリカ」では夢に入れる人間の制御機能を付与しないまま開発を進めた最中でいろいろ起きてたしな……。なーんか、怪しい。「ノリオ」のインタビュー動画もカルトチックだったし。
やっぱこの映画、おかしいぜ!