普化禅師ってどんな人?☆『明頭來明頭打 暗頭來暗頭打 四方八面來旋風打 虚空來連架打』を読み解く!
普化宗だとか、
明暗流だとか言ってるけど、
それって、どこから来てるの?
と、疑問をお持ちの方は一挙に解決。
まずは普化宗の名前の由来となっている、普化禅師のご紹介。
普化禅師、略歴。
生年月日不明。本名、不詳。住所不定。
中国、唐の時代に、鎮州という街にいた。
宣宗時代の大中年間(847~859年)、
盤山宝積禅師に師事。
西暦862年没。
夜は墓場で眠り、朝になれば街中に出て、鐸(鈴)を振りながら托鉢していたとのこと。
彼の言動は『臨済録』『祖堂集』『景徳伝灯録』等に書かれている。
まずは、その普化禅師の法脈を辿ってみましょう。
仏教なので、お釈迦様がスタートです。
そして菩提達磨が禅宗のスタート。
インドから中国に移動します。
先ほどの紹介にもあったように鎮州は地名。
普化は盤山宝積禅師に師事。
臨済は兄弟弟子とでもいうのでしょうか。
そして、虚無僧尺八にとっても重要な悟道。
「達磨の四聖句」
教外別伝 経典を超越して以心伝心で法を伝える。
不立文字 文字の力を借りず(=理論ではなく)心眼を持って仏法の真底を見抜く。
直指人心 人の心に分厚くこびりついている汚れ(人の世の諸善諸悪)を透過してその奥底にある人間の真の心(が完全に清らかなもの、何物も無いのと同じ様、即ち空、虚無であること)を直接に見抜く(人=自分自身)。
見性成仏 こうして見極めた人の真の心が仏の心と同じ物である事が判れば則ちそれが成仏である(悟りを開いたこと)。
直指人心・見性成仏を分かりやすく言うと、人間が生まれながらに持っている仏性を直接に体得せよ。ということだそうな。
後世、普化宗徒(虚無僧)はこの「教外別伝・不立文字」を掲げて最初から経典を持たず、ひたすら一心に尺八を吹くことによって、仏法を得んとすること(吹禅)を本旨とした。ということです。
明頭來明頭打
暗頭來暗頭打
四方八面來旋風打
虚空來連架打
みょうとうらいや、みょうとうた。
あんとうらいや、あんとうた。
しほうはちめんらいや、せんぷうた。
こくうらいや、れんかだ
これは普化が鐸を振りながら唱えていた「四打の偈」というもの。
虚無僧に渡される本則にも、この四打の偈が書かれている。本則というのは、一定の修行をした虚無僧に寺から与えられる宗門の僧であるという証拠書類のこと。『探墓行』伊勢原神宮寺篇に写真がありますhttps://note.com/kataha_comjo/n/nf48dc7a9de48
以下「四打の偈」の色々な解釈を読み解いていきたいと思います。
*殻竿は麦や豆を打って脱穀する道具。
直訳を分かりやすく書かれたものだと思います。
*釣瓶打ちとは、弓矢や火縄銃などにおいて、交代で続けざまに打つことをさす。
明→差別、暗→平等 ときました。
明→賢い頭、暗→愚かな頭。
ということはこれは対人間という事でしょうか。そして「虚空から」ではなく「虚空が来たならば」と訳されています。
天に橋をかけるときました。ロマンチック♡
からざお式・続けざまに反復連打するやり方。
ぜんぜんどんなふうにも来ない・内側より開く以外に開けようのない開けかた。
大悲院・鎮州にあった小院。
おれは前からこいつを・相手を褒める言葉。
訳注<明るい方からくれば>原文「明頭」と「暗頭」は難解だが、さいごに「どんなふうにも来ないとき」というのに合わせて、副詞に解する。『祖堂集』は、明暗を朝と夜の意とするから解しやすいが、今は四方八方および大空の四つに区別するから、空中そのものは明でも暗でもない。『六祖壇経』の三十六対、および『神会録』に、「明暗は自ら去来するも虚空は本より動静無し、煩悩と菩提もその義また然り」というのが参考となる。(柳田)
答えはけっこう単純なものだった、なんてことはよくありますが、いやいや、考えれば考えるほど色々な解釈が生まれて来るわけです。
柳田氏によると「どこからも来なかったら」という問いと合わせて副詞と解するとのこと。しかも、その答えは全く関係の無い「明日はお斎があるよ」だって。はぐらかしもいいとこです。
外から何かが来る対処法ではなく、何も来ないときの対処法の方が、かえって難しそうです。
なぜ普化禅師は「柔軟であれ」「臨機応変に」というような意味の言葉を市中で唱えたのか。
虚無僧をしていると、この「四打の偈」がふと頭をよぎります。本当に外からは色々な人や言葉や出来事がやってくるけど、やっていることは同じことの繰返し。本当に虚空に向かって吹いているわけで、虚空との戦いのよう。でも自由なんだよと普化禅師は伝えたかったのか。それとも何も意味はないのか…。
さて、唐代に生きた普化禅師には弟子はいなかったので、普化宗という宗派は中国には無かった、にも関わらずおよそ1000年後に日本で普化宗が始まったのです。
『臨済録』『景徳伝灯録』等には、さらに普化禅師の謎の行動が記されています。
一体どんな人物だっのか?!
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この記事は、以前書いたTumblrのミニ講座「普化禅師ってどんな人?」に加筆して再投稿したものです。
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