【サスペンス小説】その男はサイコパス (第32話)エピローグ【愛情と温情は、必ずしも最善ではない】
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四ツ井法律事務所に出勤する。いつもの月曜日だ。嫌だという気持ちはなかった。仕事としてやらねばならないラインを見定め、それ以上にもそれ未満にもならないようにする。
こうすればさほど疲労することはない。加えて、知也には対人関係の余計なストレスで悩まされない特質がある。有利な特質だ、その点では。と自分でも思う。
最低限やるべきをやる。ただ淡々とやる。後は相手次第、運次第だ。自分でコントロールできないことで余計な気を使わない。簡単だと思うのだが、なかなか他の奴らにはできないらしい。知也はいつも不思議だった。
「おはようございます」
知也は隣のデスクの南川にあいさつをした。南川は司法書士で、この法律事務所では六年先輩だ。
ショートのボブに、凛とした目元のメイク。形は良いが薄い唇には、ロゼカラーのルージュがひかれている。今日もパンツスタイルで、黒に近い紺色のスーツ姿だ。
「おはよう、名尾町君。大変だったね」
「ええ、少し驚きましたよ」
そういうことにしておく。まあ全く驚かなかったわけではない。
「少し? かなり、でしょう? しばらくは有給取って休んでもいいよ。あたしからも上に言ってあげる」
「ありがとうございます。でも土日で充分休みましたので」
「土曜日は警察に行っていたでしょう? おまけにストーカー? 大変じゃない」
大変じゃないさ。俺は普通の人間ではないから。充分食ったし、寝たし、風呂にも入った。これ以上何も必要はない。
しかしあまりに平然としていると怪しまれるか。知也は礼儀正しい笑みを浮かべながら南川に言った。
「お気遣い、感謝です。それでは今日は早退させてください。昼は食べないで帰ります」
「うん、そうするといい。君には期待しているから、無理して潰れて欲しくないからね」
知也は再度礼を言って、軽く頭を下げた。水沢に関してと、ストーカーの件でまた警察に行かなくてはならない。報告書をまとめながら、午前の仕事は、これだけで終わりそうだなとだけ、彼は考える。
世はなべて事もなし。
エアコンの冷気は二十八度までだ。やや暑さを感じるが、外気の猛烈さに比べれば快適である。知也はデスクに置いた小型の扇風機を回した。微風が顔と喉元に当たる。
世はなべて事もなし。
今日は早退したらどうしようか。よし、またダーツをやるか。あれはなかなか面白い。それに見た目より良い運動になるからな。
内心の平然とした、日常そのままのつぶやきは誰にも分からない。
誰にも分からなくていいのだ、と彼は思っていた。
終
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第一作目完結。83,300文字。 共感能力を欠く故に、常に沈着冷静、冷徹な判断を下せる特質を持つサイコパス。実は犯罪者になるのはごく一部…
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