【サスペンス小説】その男はサイコパス 第18話
どこまで気がついているのか。
水樹と俺が友人であるってことだけか。(今はまた、友人に戻れたと考えていいのだろう)それとも、尾行に気がついたからここに来たと、そこまで感づいたのか。
知也が考えをめぐらせていると、真先からこう言ってくれた。
「水樹から聞きましたよ。あなたの跡をつけるなんて止めろって言われました」
「ああ、そうだったんですか」
「水樹から電話があったんですよ。あなたがラーメン屋に入ったすぐ後くらいに」
やれやれ。従兄弟を説得できたなら、そう教えてくれてもよかったじゃないか。水樹には大事な親戚だ。知也に危害を加えるとは夢にも思っていないようだった。だから軽く注意しておけばいい。そんな気持ちなのだろう。
知也の方はもっと強く警戒していた。大金が掛かっているなら人間は豹変する。水樹にも言った通りの理由だ。しかし、考え過ぎだったのか?
「私に何か御用だったのですか?」
「お祖父さんに協力するの、止めてほしいんですよ。言っても無駄でしょうけど」
「ええ、私も仕事ですので、勝手に止めるわけにはいかないのですよ」
「事件起こして捕まった女いるでしょう?」
「はい、未だに黙秘を続けているそうですね」
「お祖父さんに潰された会社の、元社長の女なんだよね」
女? 愛人という意味か。
「潰された、と言いますと?」
「逆恨みとも言えるけど。結局は合法的なビジネスだったんだ。でも恨む気持ちは分からなくもない」
「しかし高木さんは関係ないですよね?」
「ああ、知らないんだな。教えちゃっていいかな」
真先は意外そうに知也を見ていた。
水樹か依頼人の時道老人から聞いていると思っていたのだろうか、と推測する。
「何も聞いていませんね。高木さんが恨まれるようなことをしていたとおっしゃいますか?」
「まあそうだよ。あの女の会社の元社員でさ。社長の秘書兼経理してた。それをお祖父さんが引き抜いて。それからいろいろあった。高木はあの家で家事だけでなく家計の管理もしていた。事務に慣れているから都合が良かった」
「そうでしたか。会社の重要な情報を流されたと言うなら、民事裁判で何とかなったかも知れませんね。殺すのは、それほど恨んでいたってことですか」
「警察に捕まったあの女、高城やよいも、美人だけどちょっと、いやかなりイカれてるらしいから」
「殺人を犯すほどに、ですか」
「人は、大金が絡むと変わるからな」
知也は、真先をじっと見つめた。
「ええ、そうですね。同感です」
高城やよい容疑者。年齢は28歳。俺と同い年か。
「でもなぜ私に手を引いて欲しいんですか? この件は事務所で引き受けたので私の一存では何とも」
「大人しく指定相続人だけに遺産が行くようにしていたら、何の問題も起こらないから」
真先は自分に財産が欲しいのではないのか? 知也は意外に思った。彼の父親つまり時道老人の息子が相続人となれば、孫の彼にも恩恵はあるのだろうが。水樹に行くよりは、その方がまし、か?
「何の問題も起こらない、ですか?」
高木さんと高城やよいの件は?
口に出さずとも言わんとする意味を察したようだ。
「これ以上事を大きくするのはね」
「お気持ちは分かりますが、私も仕事ですので。ご理解ください」
仕事でなくとも、訳のわからない理由で手を引かされるのは嫌だった。それに真先はきっと本音を隠している。そんな気がした。
「お祖父様は、まだ心を決めかねておられるようです」
「水樹に譲りたいんだろう、分かってる」
知也は黙っていた。言われずとも分かる。それをすれば他の親戚縁者が黙っていないと。時道老人が生きている間はいい。死んでから水樹はどうなるのか。妬まれ嫉まれるのは、水樹のためにならない。
真先が一番気にしているのは、「自分にも相続財産が割り当てられるだろうか」と、「それは水樹のよりどれだけ少ないだろうか」この2点なのだろうが。
「どうせ僕は水樹みたいに気に入られていないからな」
真先は卑屈な笑みを浮かべた。
「水樹みたいに顔立ちが整ってないし、真面目でも優秀でもない。お祖父さん思いでも、親思いでもない」
やけくそのようにダーツ3本をまとめて投げる。3本とも的の中央近くに当たった。
「僕は一族の出来損ないだ」
「素晴らしいダーツの腕前ですよ」
「でも、こんなものはなんの役にも立たないよ」
「たしかダーツにはプロリーグがありますよね?」
「あるけど無理だよ。僕にはそこまでの実力はない。稼いでいるプロなんてごく一握りだ」
そこまでで知也も説得は止めた。言っても無駄だと察したのだ。
なぜやる前からあきらめるんですか? それともチャレンジしたけれど失敗したからですか?
水樹はあなたがプロを目指すようになればきっと喜びます。応援も援助もしてくれますよ。ひょっとしたらお祖父様も。
そう言いたかった。だが、やめておこう。
「水樹みたいに頭がよかったらな。弁護士になれるくらいなら」
「私も弁護士にはなれません」
「でも行政書士になるのってそれなりに難しいでしょう。国家資格だし」
「そうですね、簡単ではありませんが、地道にやればいいだけです」
「その地道に、が僕にはできない」
知也は、真先の手元にあるダーツと、離れた位置にある的に目を走らせた。的にはほぼ全てのダーツが中央かそのごく近くに刺さっている。
「これは何となく続けている。それだけだよ」
説得しようなんて考えるな。余計なお世話だし傷つけるだけだ。それは所詮、自己満足に過ぎない。椿の泣き顔を思い出した。水樹と喧嘩した時のことも。
「そうですか」
否定も肯定もなく、ただあなたの言葉を聞きましたよ、と。そんな、意味の返事をした。
そこで真先との話は終わりになった。真先がまたダーツを始め、もう話すことはないと態度で示していたからだ。
「それでは失礼します」
知也は自分のダーツ席に戻った。
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