復讐の女神ネフィアル第7作目『聖なる神殿の闇の魔の奥』 37話
「あなたが頭を下げることはないのよ、ふふ、図書館にはあなたにとって望ましくはない本も置くのだから」
「それは承知の上です」
アルトゥールは、それが当然の事であるかのように言った。
「それなら、私がお礼を言わなくてはね」
「あなたが、いえ、あなたの図書館が僕の味方をしてくれなくても、僕はあなたとあなたの図書館の味方です」
それを聞いてクレアは微笑んだ。 だが次に、
「ありがとう」
そう答えた時には、クレア子爵令嬢の表情は複雑だった。
「あなたを敵に回したくはないわ、アルトゥール」
「僕は、 敵にはなりませんよ。貴女(あなた)が貴女でいる限り」
「そうであってくれたなら嬉しいわ。 私には味方が、強力で誠実な味方が必要だから」
そう、僕は貴女の味方になる。アルトゥールの決意は固かった。しかしこれには、いくばくかの打算もあるにはある。
ネフィアルの教えのための図書館などは望むべくもない今は、せめてあらゆる思想や宗派、そして娯楽の読み物がある公平な図書館が必要だと考えたのだ。
偏りのない公平さを。だから僕は貴女の味方をする。
貴女が全面的には味方をしてくれなくても。
だがハイランはどう出るだろうか。それに魔術師ギルドは。
けれど僕は強力で誠実な味方たり得るだろう。クリア子爵令嬢に近づく、下心のある連中とは違う。と、ネフィアル神官の青年は思う。
小貴族とはいえ、貴族の一員たる女性に近づいて自分の便宜を測ってもらいたい者がいる。
いや、それだけではない。クレア自身が目的である者もいる。特に同じ貴族の男には。
そうした意味ではむしろ貴族の男より、 庶民の男の方が信用出来るのもうなずける。図書館を出来るだけ全ての人に公平なものとして、広く庶民の需要を満たすのは理にかなっている。
クレアの人々への思い、特にあまりお金がなく高価な本を家にそろえておけない人々への、私心のない思いを、アルトゥールは理解している。理解しているつもりだった。
同時にクレアは、自分が損ばかりするような真似もしない。そう、それが賢明さというものだ。アルトゥールは、そう考えた。
ここでリーシアンが口を開いた。
「貴族連中やジュリアン神殿の者たちは、自分たちが平民に見せてもかまわないと判断した本しか、図書館に置きたがらない。そうでは?」
クレア子爵令嬢は彼に答える。口元目元に、相変わらず穏やかな笑みが浮かんでいる。心からの余裕だ。この場にいる全員に、それが伝わっている。
「何となれば、他の貴族たちや魔術師ギルドの上層部の人たちにも、自分が許可した本しか見せたくないのよ。その人たちが触れる情報を管理するのは、その人々自身を管理し、制御するのとほとんど同じだからよ」
「分かりますよ。彼ら自身は、人々のためを思い、真に身になる本を読ませるべきだと、もっともらしいことを言いますがね」
と、アルトゥール。口元に、いつもの皮肉げな笑みが浮かんでいた。
「私は、貴族社会の中で、変わり者だと言われているわ」
変わり者か。ジュリアも自分のことをそう言っていたな。アルトゥールは思い出した。
「それで」
横からグランシアが、あらためてクレア子爵令嬢に向き直った。
「私の師のことなのですが」
「ええ、あなたが気にすることはないわ。それに小貴族とは言え、貴族に手を出せば、大貴族の方々も、他の小貴族も黙ってはいないと思うの。それは私の図書館への賛意ではないわ。単に貴族社会の権威を認めさせたいからなのよ」
「図書館に制限を加えるにしても、貴族社会の中で決めるのだと、そうですね?」
と、アルトゥールが尋ねる。質問というよりは、確認の意味合いが強い。
「そうよ。だから貴族社会で根回しはしておいたわ。書籍に偏りのないのが幸いしたわ。どの貴族の味方もしないということだもの。庶民向けの、低俗とされる娯楽の本を置くのはむしろ問題ないのよ」
それは、庶民は所詮、この程度の物しか読めないと蔑んでいるからだろう。真に蔑んでいる相手には、案外寛容になれるものだ。どう頑張っても自分たちと同じようにはなれないと心底から思うなら、寛容になるしかないではないか?
アルトゥールは、そう口にした。クレア子爵令嬢は否定しなかった。
とは言え、貴族社会の連中だって、別に高尚とは言えない奴らが大半だものな。アルトゥールはそう思ったが、そちらは口には出さずにおいた。
「失礼ながら、クレア子爵令嬢の図書館を支持する人たちなら、私の師匠がしたことを心良くは思わないでしょう」
「ええ、そうね。あなたはこの図書館を利用している者が、あなたの師匠を含めた三人の高位の魔術師に重い病をもたらしたと、そう考えているのかしら?」
「それは単に考えです。仮にそうだとしても、我が師も悪いのです。しかし私は、師匠の病をこのままにしてはおけないのです。ご理解ください、子爵令嬢」
「ええ、理解するわよ。それで、私に何を望むのかしら?」
グランシアはアルトゥールの顔を見た。アルトゥールは、同意するように、あるいは安心させるようにうなずいてみせた。
グランシアはクレア子爵令嬢に問い掛ける。
「私の師匠が、ここに来たことを、他に誰がご存知でしょうか?」
続く
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