復讐の女神ネフィアル第7作目『聖なる神殿の闇の魔の奥』 第38話
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招かれるままに、扉の中に入っていった。グランシアの師匠に会うのは、アルトゥールも北の地の戦士も初めてだった。
室内は美しく、あまり華美ではない程度に飾られていた。入ってきた扉のある壁面を除く三方の壁面には、それぞれ美しい 絵画が飾られていた。
「お初にお目に掛かります」
アルトゥールは、極めて芸術的な価値の高いであろうそれらの絵画から目を離し、丁重にお辞儀をした。リーシアンも、やや不器用な動き方ではあるが、それに倣(なら)う。
「私の絵が気に入ったようね」
「まさか、御自分でお描きになったのですか?」
「ふふ、違うわ。貴族からも依頼を受ける、有名な画家に描かせた物よ」
「そうでしたか」
リーシアンは、あまり興味さなそうにしていたが、努めて関心の無さを面(おもて)には出さないようにしていた。
壁に掛けられた絵画の一枚目、アルトゥールたちが入ってきたところから見て左側の壁にある物は、神々がまだ この地上にいて世界を統治していた時代を描いた絵である。
神々の中には、ネフィアル女神もいた。中でもひときわ大きな力を持つ一柱だった。
二枚目、扉の正面にあるのは、〈法の国〉の時代を描いている。神々が統治していた時代が終わり、続いて様々な種族が入り乱れていた戦乱と流血の時代を経て、〈法の国〉により法と秩序、そして平和が訪れたのだ。
〈法の国〉の腐敗そして崩壊。その後、今では古王国と呼ばれるいくつかの王国が成立し、互いに争うようになる。一つの王国の中でも、貴族である領主が争い合っていた。三枚目の絵は、その古王国の時代の絵画であった。アルトゥールたちから見て、右側の壁にある。
古王国の時代が終わり、現代、新諸国と呼ばれる今の時代だ。新たなる法と秩序が徐々に成立しつつある。複数の貴族たちの合議制による統治、共和国の成立もその一つだ。
その現代を描いた絵は、室内に見当たらなかった。ただ、扉の正面には窓がある。大きな窓だ。そこから、ジェナーシア共和国でも大きな都市であるこの街の様子を見渡すことが出来た。〈法の国〉の絵画の下に、窓はある。
絵画によって示されているのは人類の歴史、いや、この世界の歴史だった。あらゆる種族にとって共通の歴史のはすだ。
ただし、人間の目から見た歴史は当然、人間を中心にして捉えられる。事実そのものは変わらなくても、その見方が違うかも知れないと、多くの人間は思いもしない。
もしも魔族や妖精たち他の種族から見たなら、この世界は、そして歴史はどのように捉えられるのだろうか。時々、アルトゥールはそのようにも思う。
「あなたは僕のことをご存知でしょう。アルトゥール・リヴァーサイドと申します」
「ええ、よく知っています」
グランシアの師匠である、その女性の声は弱々しかった。にも関わらず、どこか厳かさを感じさせもした。
「私の名はアストラ。聞いているでしょう」
「はい」
アルトゥールとリーシアンは、名だけを知っていた。姓は知らないのである。
あえて聞きもしなかった。
「あなたも僕のことをご存知でしょう。グランシアから聞いておられるはずです。僕はあなたの病を治せるかも知れない。でも、出来ないかも知れない」
アルトゥールはただ淡々と、それだけを告げた。それが事実だからだ。余計な気遣いはしなかった。
最低限の礼儀を守りつつも、余計な気遣いまではしなかった。
アストラは寝台の上に横たわったまま、アルトゥールたち三人の方を見ていた。まばたきをゆっくりとして、首を動かす代わりに頷く様子を示した。
「あなたに無理ならばそれは仕方のないこと。お願いします」
アルトゥールはグランシアの方を見た。グランシアも頷いた。青年神官は、そのまま寝台の方へと、そっと近づいていった。
アストラの弱々しい声がまた聞こえてきた。
「体を、そして心を癒す技は、魔術から失われてしまったのよ。他に得たものもたくさんあるわ。でも失われたものもあるの。それはあまり知られていないわ」
「ええ。僕も古王国時代の魔術については、あまりよく知りません」
アルトゥールは、広々とした部屋の中にある寝台のそばまで来た。部屋の四隅には大理石の柱が立ち、堂々として気品のある様子を見せていた。
寝台は木製で、脚と頭の方のボード部分に、精巧な彫刻が施されていた。美しい乙女たちの『死の舞』だった。
悪趣味だな。アルトゥールはそう思った。この彫刻は、普通は墓石や棺、霊廟の外壁などに彫るものだ。
アストラは、アルトゥールの思いに気が付いたのか、微苦笑を浮かべた。その笑みも弱々しい。
「今の魔術は、古王国の時代の魔術とは違う。失われた技術があるの。 私はそれを取り戻したい」
「古王国の時代には、魔術で心身を癒せたのですか?」
アストラは微笑んだ。今度は偽りのない純粋な笑顔だった。
「神技の力を魔術で再現しようなどというより、 古(いにしえ)に失われた技を再現させる方が、よほど理にかなってるし、それに近道ではないのかしら。私はそう考えているのよ」
アルトゥールは振り返り、グランシアを見た。彼女は気を揉んでいるようだった。安心させるように手をあげて合図する。やれるだけの事はするつもりだった。
「ええ。でもきっと魔術で心身を癒せなくなったのは、それなりの理由(わけ)があるのでしょう」
穏やかで礼を失してはいないが、遠慮のない物言いでもあった。
続く
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