【サスペンス小説】その男はサイコパス 第25話
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真先は知也の方には向かってこなかった。背を向けてその場を去ろうとする。一体、何をしに来たんだ? 呆れてしまうが、おそらくは自分でもどうしたいのか分からないのだろう。
普通の人間が混乱した時にはそんな事もある。知也自身には縁のない感情だ。それでも、そんな事があるのだとは知っていた。
「おそらく、ダーツ君は事件なんて起こせはしない。自分を認めて欲しいし、遺産も欲しいが、そのために努力をする気はない。だが犯罪に走れるほどには悪どくもなれないし、度胸もない。ダーツ君はそんな奴だ」
俺の見立ては間違ってはいないはずだ。後で水樹にも尋ねてみよう。さっき会った時に聞けばよかったが、ダーツ君の事はあれで終わりと思っていたのだ。
「どちらにせよ、この程度で警察に連絡は出来ないな。いや、一応知らせておくべきなのか」
知也が独自に調査をしようと思ったのは、別段警察を信用していないからではない。過度に信頼してもいない。人間である以上ミスも見落としもある。不正事件も起こる。しかし本来なら餅は餅屋だ。
水樹のためか? じいさんに依頼をされたからそのついでか?
それもある。一番の理由は、水樹にも言った通り「面白そうでワクワクするから」だ。
不謹慎ともまた違うこのメンタリティは、子どもの頃から人を怖がらせてきた。どう見ても彼らには異常心理としか思えなかったのだ。
養父は怖がりはしなかった。代わりに実の両親から知也を引き取り、サイコパシースペクトラムを世の中で役立てるための実験と観察の対象としたのだ。
「もし俺が本物の精神異常者で、あなたを殺そうとしたらどうする気だったのですか?」
知也は養父に尋ねたことがある。
「そんな事はしない。お前はそんな事をしでかすには頭が良過ぎる」
養父は笑って取り合わない。養父に引き取られたのは小学生の時だった。長い夏休み。暑い夏だった。
養父の家では、習い事も塾もなく好きにさせてもらえた。時間があれば養父の大きな書斎に入り込み、本を読んで過ごした。入門書レベルの物なら、大人向けの本でも読めないことはなかった。
そうやって知識とその使い方をほぼ独学である程度は身に着けた。養父は質問すれば大抵のことには答えてくれもした。中等部に上がってからは優秀な家庭教師も付けてくれた。彼から教わったのは、受験勉強のための知識だけではない。単に本に書いてある内容だけでもない。
世の中のこと、人間の心理について、様々に教わった。それは単なる処世術などではなかった。帝王学や人心掌握術などとも違う。
もっと違うことを、家庭教師と養父からは教わった。いかに世の中の濁流に巻き込まれずにいるか、凡人たちのアドバイスや忠告の虚偽を見抜く方法、常に冷徹な判断力を保つやり方、確実に味方を作りつつも我が道を行く方法についてだ。
「水樹、一つ聞きたいことがある」
メッセージアプリで連絡を入れた。土曜日なので暇なのだろう、水樹はすぐに返事をくれた。
「何だよ?」
「真先について。どんな奴だ? お前の見立てでいい」
「どうって、真面目というか、地味で大人しくて、派手なことや華やかなことは苦手だ。自分をアピールするのも。それで損をしている面もある。お祖父さんに気に入られていないわけじゃないが、何というか、影が薄いんだよな」
「確かにそんな感じだな。誰にも気に掛けてもらえないでその他大勢に埋もれてしまう奴。水樹、お前は違う。何だかんだ言っても年上や年配に気に入られるタイプだ」
そうだ、お前はそうした得するタイプの真面目君だ。ダーツ君、いや真先とは違う。お前は誰かには必ず見てもらえている。努力も真面目さも。そうじゃない、本当に背景みたいに気に掛けてもらえないタイプとは違う。
「知也にも気に掛けてもらえたな」
「俺か。俺は別の理由がある」
「面白そうだからだろ? でもあまり危ないことには首を突っ込むなよ」
「でももう遅いみたいだな」
「何があったんだよ」
「ダーツ君は、真先はダーツが趣味だろ。的に投げて刺すやつ。あれは隠された攻撃性の表れなのかな」
「一体何の精神分析だよ? ダーツをやっている人は皆そうだとでも?」
「スポーツや何らかの競争や勝敗の決まるもので、攻撃性やサディズムを昇華する。ありえない話じゃない。誰でも多少はネガティブな部分がある。無くすことはできない。どう発散させるか、あるいは活かしてゆくかだ」
「うーん、それは分かるんだけどさ。真先は事件なんて起こせる奴じゃないよ。それより今警察に捕まってる女がどういう扱いになるか」
「お手伝いさんを刺したとは言っていないらしいな」
「そこは否認しているね。誰の仕業なんだろう」
「あの女の言うことを信じるのか」
「いいや、でも確定でもない。だから、誰の仕業なんだろうって言った」
お前の叔父さんが関係しているかも知れないな。何故、セキュリティは反応しなかったんだ?
水樹は本気で親しい人を疑えない。俺が代わりにやってやろう。
その内心を、知也は知らせはしなかった。
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