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【サスペンス小説】その男はサイコパス 第24話

マガジンにまとめてあります。


「はい、名尾町です」

 知也はすぐに電話に出た。

「リッチェル・セキュリティサービスです。私は水沢雅史と申します。こちらにお電話いただいたとのことですが」

「お電話ありがとうございます。私は名尾町知也と申します」

 レジの順番が来た。カウンターの向こう側で、若く地味な眼鏡の女性が知也に微笑みかけて「お次の方、どうぞ」と呼んだ。

「申し訳ありません。しばらくお待ちください」

 保留音を流してレジに向かう。包装を断って、スマートフォンにチャージした電子マネーでさっさと支払いを済ませると、再び電話に出た。

「失礼しました。ちょっと急な用事で。私は鷹野水樹君の大学時代からの友人です。少しお聞きしたいことがありまして、先ほどはお電話しました」

「はい、水樹にも確認を取りましたよ」

 じいさんには確認しないのか? 俺はじいさんに依頼された行政書士なんだぞ。
 
 知也はそう思った。確認できない、したくないわけがあるのか。

「ご存知かとは思いますが、私は行政書士で、鷹野時道さんから依頼を受けた者です。鷹野さんは相続問題でかなりお悩みのようなのです」

「左様ですか。私はその件には関わっておりませんので、お答えできることは何もありません」

 今は知也は書店から出て、通路の壁際に立っている。土曜日だがさほど人通りは多くない。知也を邪魔にする者も、ぶつかる者もいなかった。

 話を聞いているふりをして、周囲を見渡す。つけてきている『ダーツ君』の姿を認めた。向こうは尾行の素人だが、こちらも素人だ。こんなに簡単に見つかるようではな、と思うがわざとなのかも知れないと思い直す。目的は何だ? この件から手を引かせたいのか。

「ところでうちの法律事務所で新しい警備会社との契約を検討しておりまして、できれば水沢さんに話を聞いていただきたいのですが」

 全くの嘘だ。水沢からいろいろと聞き出すための、『罠』だとも言える。

「分かりました。詳しくお聞きしたいのでご来社いただけますか」

「その前に、電話で確認できることをお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか」

「はい、何でしょう」

「鷹野時道さんの邸宅のセキュリティですが、担当なさったのはあなたですよね。そのことで少し気になることがあるのですが」

「と、おっしゃいますと」

 相手の声が硬くなった。明らかに用心している。知也の真意を探ろうとしてもいるようだ。別段水沢が意図的には何もしていなくても、失態を隠したいのは人として当然の感情だ。警察には何と答えたのだろうか? 取り調べを受けていると、知也は見ていた。といっても、今の段階では、取り調べをする法的根拠が薄過ぎる。警察も強引な真似はできないはずだった。

 だが、俺には警察にできないことができる。

「鷹野さんの自宅に強盗が押し入った時に、私は居合わせました」

 電話の向こうで息を呑む音がした。

「それは……本当ですか」

「もちろんです。嘘は申しません。報道では私の名は出ていませんが」

「すると四ツ井法律事務所の行政書士の方ですね」

「そうです」

「なるほど、事件の関連で私に話を聞きたいわけですね」

 おお、バレたか。しかしこのまま話は続ける。ツラの皮は厚くしておかなければ。

「ええ、身の危険を感じたわけです。セキュリティに関して、私にも質問させていただけますか」

「分かりました。電話ではなんですので実際にお会いできませんか」

 知也としては願ったり叶ったりだ。

「ではよろしくお願いいたします」

「もしよろしければ今日これからでも。そちらの都合はいかがですか」

「ありがたいですね。今、三鷹駅近くのナンバービルにいます」

「では私の方からそちらに参ります」

「ご足労お掛けします。ナンバービルの飯島書店の向かいにある喫茶店でお待ちしております。赤い手ぬぐいを首に巻いている二十代後半の男が私です」

「分かりました。では新宿からそちらに向かいますので、そうですね、余裕を見て四十分ほどはお待ちいただけますか」

「どうぞごゆっくり。こちらは急ぎではありませんので。では失礼します」

 知也は電話を切った。

「よし、ひとまずこちらは上手くいった。あとはダーツ君だ」

 そのダーツ君はこちらに近づいて来た。電話が終わるのを待っていたかのようであった。

 知也は『先制攻撃』を仕掛けることにした。

「やあ、真先君、また会ったね。君は俺のファンのかな。サインくらいはしてあげてもいいよ」

 もちろん冗談だ。わざとらしく微笑んでみせる。

「誰に電話していた? 水樹じゃないだろ」

「なぜ君に言わなくてはならないのかな」

 真先は答えない。

「水樹には遺産か生前贈与が行く。僕には何もない」

「まだ決めつけるのは早いんじゃないかな」

「いいや、分かり切っている。もう勝負はついているんだ」

 真先はスラックスのポケットからナイフの柄とおもわれる物をのぞかせた。

 へえ? それで次はどうするつもりだ?

 真先は明らかに剣呑な表情で知也を見ている。常人なら身の危険を感じて冷静ではいられないだろう。知也は常人ではなかった。

 なかなか面白い展開になってきたな。と、思う。

 知也は万が一に備えてかばんで体の前をガードした。そのまま待った。


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